梅雨の入り2
「ね、川上さんの都合で店休むって言ってたけど、何かあったの? 体調崩したとか、ご不幸とか」
川上は奇数週の水曜日に休み、それ以外はフルで店を開けていた。
「婚活」
「え!」
萌は驚いた。
「そうなの?」
「この間、強く何かを決意したらしくてさ。頑張りを重ねて二次予選に参加だって」
「二次予選?」
「よくわからないんだけど、最初に合コンして、それで人気のあった人をもう一度呼んで、再パーティするらしい」
「へえ」
それは単に婚活会社が儲けているだけではないかと思ったが、さすがにそれを口にするのを萌ははばかった。
「で、それが今日だから、店休んで行っちゃったわけさ」
「ま、たまにはそういう刺激もないとね」
「……俺は一途な川上さん、好きだけどな」
「でも、川上さんの好きな人ってもう結婚して幸せになったんでしょ?」
「うん」
伊東は寂しそうな顔で頷く。
「だから古文書研究、どうでもよくなったって言ってたっけ」
「だったらなおのこと、早く忘れて好きな人作った方がいいよ」
「まあね」
何故か困ったような顔をして、伊東はパイの最後のかけらを口に入れた。
「ま、でも、今日はうまくいかないと思う」
「どうして?」
「あれでなかなか緊張するタイプなんだ」
「そうなの?」
それは増々親近感が沸く話だ。
「だから二次予選、ずっこけるんじゃないかな」
「でも、大学出て、料理専門学校に入り直して、レストランで勤めて、知人の薦めでスペインに二年ほど行って……なんて経歴を聞くと、緊張とは無縁な気がするけど」
日本語が通じても人と話すのは緊張する。知らない外国人に話しかけるなんて絶対無理だ。
「……仕事と恋愛は違うんじゃない?」
萌はカフェオレに口をつける。
「あたし、川上さんみたいな人が旦那様だったら幸せだと思う」
「えっ!」
素っ頓狂な声に驚いて萌は顔を上げた。
「どうしたの?」
「ど、ど、どこがいいんだ?」
「料理の腕」
「え!」
あんな美味しい料理を毎日作ってくれる相手なら、きっと最高だ。
「じゃあ」
伊東は笑った。
「俺が腕を磨いて、凄いシェフになったら結婚してくれる?」
「その凄いシェフの伊東君が、あたしにプロポーズするはずないけどね」
「……したら?」
萌も笑った。
「もし、あたしが日本一の剣豪になったら結婚してくれる? って言うのと同じぐらい架空の話よ」
「俺のシェフの方が確率高い」
「どうだか」
「日本一は一人だけど、凄いシェフは一杯いるぜ」
「そっちはありだけど、仮定法の後半部分はあり得ないもん」
伊東は一瞬眉をひそめた。
(……あ)
その仕草に瞬時村山を思い出し、萌は思わず目をそらす。
「どうした?」
「え、別に」
慌てて萌は二個目のドーナツをかじった。
(……多分、あたしは結婚なんてできないな)
どこか他人を見るような感じで、自分のことをそう思う。
伊東は萌に好意的だが、それは萌の本質を知らないからだ。
(知っていて、それでも手を離さないでいてくれたのは夢の四人だけ)
しかもそれは一種の同胞愛であり、今となって思えば高津が萌に抱いたそれもきっと恋愛感情ではなかった。
(結局、異端なんだ)
そういう意味では、この先、他人から好かれることも、他人を好きになることもない。
そんな気がした。
「それよりも、何か面白い話の発掘はないの?」
「ああ、それなんだけど」
我に返ったように、伊東が頷いた。
「前にうちの大学のドクターコースの先輩に、蛇オタクの人がいるって話、あったろ?」
萌は頷く。
「その人の持ってた話に、この町の蛇が出てくるものがもう一つあって」
萌は身を乗り出した。
「蛇は姫に委託されて、宝を守ってたって表現がそこにはあったんだ」
「……封印の守りに就かさん?」
「それは前回、川上さんが言ってた話。封印は宝を守るためにあって、蛇はその封印をさらに守ってる……というか守ってたそうだ」
「宝って何かな?」
「わかんないけど、当時の常識からしたら、貴金属とか錦とかかな」
萌は考え込んだ。
この間のミケの話と何となく符号するような気もする。
「宝の場所はわかる?」
「それがわかったら、今からでも俺、掘りに行くよ」
あるいは、ずっと昔の人が既に掘っていることだろう。
(……これは圭ちゃんに報告しないと)
実はミケと別れた後、高津と萌は再度みどりんが記録した会話を再生して聞いた。
約束通り、難解バージョンだったが、そのお陰でわかったことがある。
元々蛇はあの辺りを荒らすものを追い払うための周波数だか何だかを出していたが、その蛇がいなくなった途端、何かに守られた土地がトンネルの南南西にあることが判明した。
その、土地を守る何かはまだ不明だが、少なくともその辺り一帯に何かが隠されていることがわかった。
その南南西を表す緯度と経度はまさしく村山の勤める病院を中心として、半径約一キロ以内。
(……宝はそこにある)
姫が存在した太古の昔からそこに眠る何か。
想像を巡らしても何も浮かばないので、萌は夜の高津への電話に期待した。




