心電図3
「他にも色々と、不思議な点が多々ある。まあ、長くなるから最後に一つだけ言っておこう。……その顔について、な」
村山が眉をひそめると、相手は口をゆがめて笑った。
「最初にお前の骨格を見たときから、普通じゃないと思っていた。頭蓋骨にしても東洋人の平坦さはない、かと言って、西洋人ほどごつごつもしていない。男にしては小ぶりだが、女の顔かというとそうでもない」
突然、相手は村山の両手をつかんだ。
「なっ!」
「顔だけじゃない、隆線さえもだ。見ろ、こんなに左右対称なのは妙だろ?」
隆線とは、手相などを見る筋のことだ。
「ここまでシンメトリーが完璧だと、ヒトに化けた何かではないかと言いたくなる」
まるで、毛色の変わったマウスを見るような眼に村山は戦慄する。
「い、いい加減にしてくださいっ」
かすれる声で相手の手を払ったのと、ドアが開いたのはほぼ同時だった。
「!」
見ると、口をぽっかりと開けた太田が立っている。
小金井は舌打ちをすると、村山から離れた。
「……まあいい」
歩きながら一人笑みを浮かべる相手を見て、村山はぞっとする。
「そういうことだ。これからも注目させてもらうからな」
言いながら部屋を出て行く小金井を、まだ目を丸くしたままの太田が見送った。
村山は何事もなかったように振る舞おうと、無理に平静さを装った。
黙って椅子を元に戻し、とりあえずそこに座る。しかし動悸は収まらない。
と、太田が彼の側に来て、ぽんと肩を叩いた。
「ま、気にするな」
村山は鋭く顔を後ろに向けた。
「太田先生は」
我知らず口調が鋭くなる。
「話を聞いていらっしゃったんですか?」
すると太田は首を激しく振った。
「聞いてない、俺は何にも聞いてない。だから安心しろ。」
明らかに何かを聞いたと言わんばかりの言葉に、村山は激しい不安を感じた。
小金井だけでなく、太田からまで監視されたらと思うとぞっとする。
(少し、ガードをゆるめすぎた)
去年までは、あれほどばれないように気を遣っていたのに、明石がさほど彼を異常者扱いしなかったことで心に隙ができていた。
(いや……)
最近の明石が彼を避けるようなそぶりを見せていたことを、突然村山は思い出す。
(……俺を、気味が悪いとも言っていた)
視線をさまよわせると、困ったような顔をした太田に行き当たった。
意を決して村山は問うてみる。
「嘘でしょう?」
「え?」
「聞いてないって、嘘でしょう?」
事実関係をきっちりと把握する必要があった。
そうして初めて、対策を考えることもできる……
「本当だ。……まあ、正確に言えば、お前さんが小金井先生に握られた手を振り払ったところは見た」
村山が見つめると、大男は身を縮めるようなそぶりをした。
「嘘じゃないって。嘘言ってどうするんだ? まあ、何があったかの察しぐらいはつくけどな」
瞬時、顔から血の気がひく。
何があったかわかったということは、太田もまた、小金井から何らかの示唆を得ていた、あるいは、彼も村山を異常だと思っていたということか。
「……あの」
我知らず村山は立ち上がった。
「気分がすぐれないので、今日は帰らせてもらっていいでしょうか」
壁の時計はまだ七時半。
「ああ、そうしろ、そうしろ。医長には俺から言っておく。何か引き継いでおくことは?」
「いえ。今日は特に」
動転した気分を落ち着かせることができないまま、真っ直ぐに出口に向かう。そしてドアを開ける。と、
「あ!」
今度はそこに佐々木が立っていた。
「え、何? 俺? ああ、今来たとこだよ」
何故か早口でまくし立てながら佐々木は部屋に入ってきた。
「……って言うか、村山、どこ行くの?」
「帰ろうと思ったんですが」
「白衣のまんまで?」
「あ」
「普通、ロッカーを開けてから、はい、さようなら、だろ?」
「……おい」
と、突然、太田が佐々木の後ろに立ち、両拳を相手のこめかみに当てた。
「人が悪いなあ、立ち聞き?」
「と、とんでもない、誤解ですよ!」
「嘘つくな、様子伺ってたんだろうがっ!」
「あいててっ、あてっ!」
村山は歩きながら白衣を脱ぎ、ロッカーにそれをしまった。
「お先に失礼します」
頭を下げると、太田が佐々木の頭に当てた拳を緩め、何とも言えない顔でこちらに頷く。
「ああ、お疲れ」
息をつき、部屋を出た村山は廊下を歩いた。
混沌とする心をなだめられぬまま。




