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まどろみ  作者: 中島 遼
19/89

ミケ3

「……あのロボットの音が嫌だって行ってたね? どんな音?」

「高い音だよ」

「具体的には?」

「お前がその音を出して俺を困らせる可能性があるからそこは言わないけどさ、奴が十二ヘルツから十万ヘルツの間で、相手に合わせて嫌な音を出す野郎だったってことは伝えとくよ」

 ミケの喋り声……いや、棒をこすり合わせるような音も大概神経に障ると思ったが、今は黙っておく。

「その南南西の結界っていうのも昔からあった?」

「俺がここに来たときにはなかったから、割と最近だと思うよ。この五百年間そこらってとこかな?」

 この随分と長生きな生物の長寿の秘訣は何だろう。

「君は何を食べて生きてきたんだい?」

「食べられるもの全てさ」

「だからどんな?」

「食べ物にあんなとかこんなとかないだろう?」

 みどりんの口調も何故か馬鹿にしたような感じに響く。

「人間は?」

「食おうと思えば食えるさ」

 萌がぎょっとしたように棒きれを構え直す。

「心配すんなよ、一部の人間を除いてほとんど栄養ないから手は出さないし、第一お前達は見た目が気味悪いから食欲わかない」

「一部の人間って?」

「お前達二人みたいな栄養にあふれたタイプだよ」

「え!」

 殺気の増した萌を見てか、ミケは怖気立つように気配を縮めた。

「だから俺は、ヒトは気味悪いから食わないって言ってるだろ、よほど食い物がなければ仕方なく手をつけるかもしれないけどさ」

 萌が険しい顔でつぶやく。

「喜ぶべきとこかもしれないけど、何かけなされてる感があるのよね。まるであたし達が芋虫みたい」

 言われて高津は頷く。

 芋虫はタンパク源だが、食べたいとは思わない。

 ミケにとっては人間もまた、そういうものかもしれなかった。

「でも、見た目は悪いけど、一応俺たちには栄養があるんだ」

「多分あると思うよ。だけど摂れるかどうかもわからないんだよね」

「どういう意味だよ」

「お前達は栄養がありそうだ、と俺は思うけど、実際に苦労して開けてみたら、中には何もなかったってこともあるし」

「……それが脳みその事を言ってるんだったら、確かにあたしにはないかも」

 萌のつぶやきが聞こえたかのように、ミケは同調したような音を出した。

「な、費用対効果から考えると、なんだか無駄足だろ?」

「うん」

 二人の言葉を無視し、高津は当初の疑問に戻る。

「どうして俺たちは栄養がありそうだって思うんだい?」

 他の人間と高津や萌の違いとは何か。

「他の奴らは俺が見えないのに、お前には見える」

「えっ!」

「もう一方もそうだ。他の人間は見るからにカスカスなのに、野蛮なぐらいエネルギーに満ちあふれてる。それだけで結構根拠じゃないかな」

 根拠なのかどうなのかはわからないが、どうやら離生何離人は栄養があると考えて良さそうだ。

「……俺たちを食うのに、苦労するってのはどういうことさ?」

「例えて言えば、中心部にちょこっとばかし、無茶苦茶貴重な香油の粒があるけど、その周りはすんごい腐敗臭がして、かつべらぼうに硬い殻があるって生き物がいた場合、お前達はそれを食うかい?」

「……いや」

 例えが極端すぎて、否定の言葉しか返せない。

「あ、でも仮に、凄く美人になるとか足が伸びるとか死にかけた人がみるみる元気になるとか、そんな香油だったらわかんないわよ、人間、何でもしようとするかも」

 みどりんがこっちを見たので、高津は頷く。

「いいよ、今のは訳してくれて」

 みどりんが萌の言葉を音に変えると、相手もギシギシと鳴った。

「……俺たちにとってもお前達はさ、その例えぐらい魅力的な存在で、俺だって決して興味がない訳じゃあない。……だけど、その殻を簡単に割る術がないから諦めてるってのが実情さ。しかも俺が食いついたら、お前たちは俺を殴り殺すだろ?」

「殴らないで蒸散させると思う」

 ミケは笑った。……いや、笑ったような気が高津にはした。

「とは言え実は、さっき言ってた南南西の結界の内側に、稀なタイプがいるんだ。あの結界張ってたロボットがいなくなったからはっきりわかる」

「え?」

「香油をたくさんもってるのに、臭いもしないし、殻もついてない人間。……ひょっとしたら、あのロボットは、その気配をマスキングするために嫌な音を出してたのかな」

「……って?」

「だって俺、ロボットがいなくなるまでお前達みたいなのがいるって、全然気がつかなかった訳だし。多分、あの音があると、ジャミング効果か何かで香油の存在がわからなくなるんだろうな」

 恐る恐る高津は聞いてみる。

「その……そこにいる美味しそうなヒトを、食べに行ったりはしないよね?」

「食ってみたいのは山々だけど、残念ながら、そこにも別の強力な結界があって入れない。俺が諦めてこっち向きに走ってるのは、その結界が不快で仕方ないからさ」

 あのトンネルから方角にして南南西……

「だけど、俺よりも食いしん坊でずっと鈍感なタイプなら、重い身体にむち打って、結界に入り込んでそいつを食ってやろうって考える奴もいるかもしれない。それくらい、そいつ、希少価値なんだよな」

 どうしてか高津はぞっとした。

 松並の言葉を不意に思い出す。

(……違う)

 絶対に関係ないとは思う。思うがしかし……

「ま、そういう訳で、俺はお前達やお前達の同胞に害を与えることはないし、そろそろ解放してもらってもいいかな。さっさと海まで行って、そこで船を呼び出したいからさ」

「あ、ごめん、いいよ」

「済まないな、俺、先を急ぐんで」

 五世紀近くを無為に過ごしていた宇宙生物の気配は、なんだか嬉しそうに飛び上がった。

 そうして跳ねながら東へ向かって行く。

 その姿が消えたのを確認し、ようやく高津はその場に座り込んだ。


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