ミケ2
「事故だ」
「……って?」
みどりんがやや右に動き、ミケと高津が正面から対峙できるようにした。
通訳に徹しようということか。
「この星に知的生命体がいるようだったので、観察しようと低空を飛行していてここで墜落した」
高津の声は震える。
「う、宇宙船とか?」
「そうだ。この辺りは何か特殊なポイントなのか、墜落事故が多い。私がここに来た後も、何度かそういった事故があったようだ」
「それで、故郷に帰れなくなった?」
「そういう訳ではない」
みどりんの訳すスピードは速さを増し、同時通訳状態になっている。
「宇宙船は修理すれば直せる程度の故障だった。引き寄せられるように落ちたが、船体にはさほどの損傷がなかったのでな」
「じゃ、帰れなくなったんじゃなくて、帰らなかっただけ?」
「そういう訳ではない」
ミケの気配はまた膨らんだ。
「トンネルの中に宇宙船を墜落させる原因があるようだったので確認のために中に入ったら、そこから出られなくなった」
「え?」
「見張りがいたんだ。そいつがトンネルから出ようとすると、酷い音を発して私を痙攣状態に追い込んだ」
よくわからない話だ。
「見張りって、人間?」
「お前達のような生き物ではない。全長が八千二百八十三ミリの有機ロボットだ」
高津は口をぽかんと開けた。
宇宙人とか宇宙船でも相当ぱんぱんなのに、ロボットの見張りと来ては訳がわからないにも程があった。
(しかも、五百年前だろ?)
「それでずっとトンネルに?」
「そうなる」
偉そうな宇宙人だが、ただの馬鹿かもしれない。
「でも、そんな背の高いロボットなんかがこんなところをうろついていたら、絶対ニュースになるよ」
「そんなことは知らない。いたのは事実だし、お前達人間が、あまり賢くなくて眼が見えない種族だということからしても、見逃す可能性は多々ある」
失礼な奴だ。
「眼は見えてるよ」
「私を見ることができたのは、お前が最初だ。他の者たちは私の姿が見えず、話しかけても突然発作を起こしてしまい、どうしようもなかった」
「……あ」
高津は得心した。
「貴方がそのロボットの音で痙攣するように、人間は貴方の声で痙攣を起こしてしまう」
「そうなのか?」
「多分。貴方がトンネルから出てきてすぐに、たくさんの人間が病院に担ぎ込まれてるから……」
言ってから高津は目を見開いた。
ミケは何故トンネルから出られたのか。
「ちょっと待って。そのロボットは今、どうなってるの?」
「壊れたようだ。だから私は外に脱出できた。捜せば何かしら有益な金属もあの辺りにありそうだとは思ったが、再び閉じ込められるリスクを考えると早々にだ出するべきだと判断した」
つまり全長八千二百ミリちょっと、つまり八メートルの巨大ロボットとは、
「……蛇」
萌も大きく目を見開いて高津を見つめた。
「萌が倒したあの蛇が……ロボット?」
それはあり得ない。
「燃えた後には骨が残ってたって言うし、どう考えても機械なんかじゃないと思う」
「お前の言っている意味が私にはわからない」
高津は宇宙人に理解しやすいように、文言を言い直す。
「燃やした後に、金属ではなくリン酸カルシウムが残ってたって言うから、ロボットではなくて生き物だと言いたかったんだ」
「金属などを使用したロボットは腐食するため、メンテナンスが大変だ。その点、セラミック系物質を骨格として、そこに自己修復機能をつけた有機物で覆えば、メンテフリーで長持ちする」
「自己修復機能をつけた有機物?」
「他の有機物のアミノ酸を摂取し、自分用に作り替えたりするなどの機能だ」
高津は度肝を抜かれた。
「ま、まさか、それって生き物を造ったって感じ?」
「有機系ロボットだと言ったはずだ。それはあくまでプログラムで動くだけで、自我を持たない」
「そんなものが何でこのトンネルに?」
しかも、五百年も前から?
「知らない」
被害者であるミケは即座に答えた。
「私が来たときには既にあれはそこにあった」
謎は深まるばかりだが、今はミケの知っていることを聞き出すことが先決だ。
「……で、貴方は今からどこに?」
「とりあえず、不愉快でない方向に行き、そこで宇宙船を呼び出す所存だ」
萌が肩をすくめた。
「何かみどりんの訳って、堅苦しいよね。もっと親しみやすい感じにならないの?」
高津は萌の言葉をスルーし、更に質問をする。
「不愉快な方向って?」
「トンネルから見て、ちょっと南南西ってとこかな」
突然、みどりんの訳調が変わった。
「なんかさあ、君らの言葉で言ったら結界っていうんだっけ、入れない枠って言うか、聖域? 要するに嫌な感じがする場所があるんだよね。そう、そう言う意味ではあのロボットもある意味結界みたいな?」
身体の力が抜けそうになる。
「みどりん、ミケは本当に『ちょっと南南西』って言ったのかい?」
「訳そうと思えば座標から緯度と経度に直せるような言葉だったが、簡単フレンドリーな訳ってのにフラグ立ったんで、そんな表現になった」
「あたしはこっちの方がいいな。確かにわかりやすいし」
「でも、それじゃあ肝心な事が曖昧で終わってしまう可能性、あるだろ?」
萌はみどりんを見た。
「録音してる?」
「当たり前だろ」
「じゃ、後で圭ちゃんに難解でビジネスライクな感じの訳、聴かせてあげて」
「心得た」
「今は簡単フレンドリーだからね」
「わかってるって」
言いつつみどりんは高津に行けという合図を触手で送る。
二回同じ事を聞くのは面倒だから元に戻して欲しいという言葉を高津は飲み込む。
どうせみどりんは萌の言うことが第一優先なのだ。