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まどろみ  作者: 中島 遼
17/89

ミケ1

「萌、やめろ」

 思わず高津は萌を止めた。

「え?」

 驚いた顔で、しかし対象付近から目を離さないで萌が応える。

「何で?」

「まだ、敵かどうかもわからないんだし」

「あ、そうなんだ」

 さらにびっくりしたように、萌は目を丸くした。

「でも、蛙のせいで、みんなパニックになったんでしょ?」

 その可能性は高い、だが、

「そこは仮説でしかないよ」

「そうそう、圭介の言うとおりだ」

 みどりんが嬉しそうに食いついた。

「さっきからやめてくれ、って頼んでるんだし、何かお前、無茶苦茶悪役っぽいぜ」

 萌は前方に意識を集中したまま、みどりんが視野に入るぐらいまで後ろに退いた。

「どういうこと?」

「さっき、声がしたろ?」

「音はしたけど、声なんかしなかったわ」

「いや」

 高津は確かに聞いた。

「その音は、そこにいる奴からしたんだ。みどりんの言うように、何か話しかけているのかもしれない」

 また、その得体の知れないぼんやりした物の辺りから、何か音が聞こえた。

 低い、何かをこすり合わせるような響きだ。

 ひどく気持ちが乱れ、高津は思わず歯を食いしばる。

「ほら、戦意のないものにいきなり殴りかかるなんて、野蛮きわまりないと言っている」

 高津は驚いてみどりんを見る。

「みどりん、お前は翻訳できるのかい?」

「もちろんさ」

 みどりんは胸を反らすように、身体全体を変形させた。

「あらゆる星域で販売できるように、言語についてはあまねくカバーできるように造られてるんだからな」

 とあるゲーム内キャラクターの壁紙であるみどりんは、そういって自社ソフトの出来をさりげに宣伝した。

「じゃあ、しばらく通訳を頼んでいいかな」

「おやすいご用さ、多機能壁紙としては最高の仕様を誇ってるんだし、俺をうまく使わないと損だぜ」

 自社ソフトか自分の自慢かはわからなかったが、みどりんはずるずると嫌な音を立てながら赤い石と高津の間ぐらいに居座った。

「じゃ、みどりん、行くよ。……いきなり攻撃して済まなかった。こういう場合、敵に遭遇する可能性の方が高く、つい手が出てしまったんだ、謝る」

 みどりんが、触覚のように伸ばした二本の触手をこすり合わせると、さっき聞いたような音が出た。

 すると、それに呼応するように向こうからも音がする。

「うっ」

 不安感が我慢できなくてつい声を出すと、萌が鋭くこちらを振り返る。

「どしたの、圭ちゃん?」

「いや……その音が、何かもの凄く嫌な感じで……」

 みどりんが頷くように触手を九十度に数度曲げた。

「お前達には不愉快な周波数が混じってるんだろうな、これ」

 緑の塊はうねった。

「なんかノルアドレナリンのバランスが崩れて、もの凄く不味そうな感じになってる。やっぱ圭介はドーパミン全開な感じが一番ヨダレ出そうな……」

「撃つわよ」

 みどりんは触手の先を赤くした。

「常に不味そうなお前が言うと、ただの負け惜しみに聞こえるね」

「そんなことはいいから、何とかできないの? 圭ちゃんがもの凄く辛そうじゃない」

「さっきから結構これでもガードしてるんだぜ。その証拠に鈍感なお前は何ともないだろうが」

 ふっと高津の不安な感じが軽減する。

「ガードのレベルを上げたが、どうだ?」

「ありがとう、ちょっとましになった」

 やはりこの、彼らが蛙と呼んでいる気配だけの物体が、この辺りで起こった集団発作事件の犯人であることは間違いなさそうだ。

「じゃ、続き訳すぜ」

 みどりんが身体を微妙に右へ回転させた。

 正面らしきものがわからないので何とも言えないが、圭介から蛙の方に向きを変えたのかもしれない。

「理由は理解したし、謝罪は了解した」

 萌が顔をしかめる。

「何で上から?」

 みどりんが再び触手をこすり合わせようとしたので、高津は慌てて制止する。

「あ、今のは訳さなくていい。ややこしくなるといけないから、俺がまず話をして、終わったら萌が話をする。いいね?」

 みどりんが触手を振ったので、圭介は続ける。

「貴方の名前、そして貴方が何者でどうしてここにいるかを聞きたい」

「……まずは自分の名前を名乗るのが礼儀だろう」

「……一度殴ってやったら少しは自分の立場をわきまえるのかしら」

 幸い、萌の言葉は訳されることがなかったので、高津は続ける。

「俺は高津圭介。この町に住んでいる人間だ」

 重い金属がこすれる音が行き交い、みどりんが話す。

「私は……」

 音そのままの嫌な単語だったので、高津は首を振った。

「みどりん、暫定的に日本語の名前をつけてくれ。そして、それをその音に訳してくれないか」

 みどりんは触手で頷く。

「OK! じゃ、ミケな」

 蛙というよりネコだったが、文句をつけるほどでもないので、高津は仕方なく頷いた。

「私は、この星の公転周期で言えば、五百回前ぐらいにこの地に降りた」

「え!」

 高津は思わず西暦から五百を引き算した。

「何のためにここに来て、一体何のためにそんな長くここにいたんだい?」

 ミケの気配が少し膨らんだ。


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