集団パニック2
「……ごめんね、圭ちゃん」
土曜日になり、圭介に会ったときも特に進展はなく、開口一番萌は謝る。
「電話の時と結局一緒なの」
「まあ、そんなもんだよ」
元々期待などしていなかったので、高津は嫌な顔もせずに頷く。
「とりあえずは、トンネルの所から東に向かって歩こうか」
「うん」
当然、北に連なる山の麓を歩くことになるので、何となくハイキング気分である。
「思い出すなあ、夢とか、夢が覚めてからの一ヶ月とか」
高津も同じ事を思ったようで、懐かしそうにつぶやいた。
「……うん」
「どっちかって言うと、夢が覚めてからの感じかな」
「うん」
夢の間は緊張と恐怖で景色などを見る余裕はなかった。夢から覚めた後は、生きて村山と一緒にいられるというだけでテンションが上がった。
二人は何度も話をしたはずの夢の話や、高校時代の話で盛り上がる。
幸い、高津は予備校の事を話題にはしなかったので少し萌はほっとした。
彼が相手だと、萌はいつもの倍は口数が増えた。
いや、今日はそれよりも良く喋っているかもしれない。
(……最近、あんまり人と話ってしてないもんね)
それは苦痛ではなかったが、萌の引け目にはなっていた。
「……あれ?」
と、突然、高津が立ち止まる。
そこは雑木林が左手に延びる山沿いの道で、まっすぐ行けば平坦な小道、左に行けば山道につながる場所だった。
「なんか、感じる」
萌は黙って高津の次の言葉を待つ。
「こっちだ」
高津が指さしたのは左。
「赤い? 青い?」
「どっちでもない。でも、強いて言えば……」
しかし言いかけて高津は微かに首を傾けた。
「うーん、やっぱりどっちでもないか」
頷いて彼は歩き出す。
「でも、ま、ここまで来たら虎穴に入らなきゃね」
高津について歩きながら、萌は辺りに視線を配った。
(……何か武器になるような木の枝とか落ちてないかな)
相手が青くないなら、赤くなる可能性を秘めているということだ。
だったら戦いの準備は早くからしておいた方が良い。
「距離は?」
「一キロぐらいかな」
高津は萌を見た。
「ね、みどりん出しといて」
「ええっ」
思わずしかめ面を返す。
「昼間からあんなもの出すの?」
「うん」
仕方なしに萌はその名を呼ぶ。
「みどりん、出ておいで」
と、目の前に見慣れた触手が現れ、そして左右に揺れた。
「あんなものとは何だ、あんなものとは!」
べしゃっという嫌な音をわざとらしく立てたみどりんが、これもまたわざとらしく萌の側から離れて高津の横にぴたりとつく。
「ほんと、失礼な奴だな」
「だって、もし万が一、あんたみたいな醜悪なものを、町の人たちが目撃でもしたらどうするのよ」
「そりゃ感激して、延髄の一つも差し出すだろうさ」
萌が更に言いつのろうとしたときだった。
「おい、おい、いい加減にしろよ、敵はすぐそこなんだぜ」
「あ」
「ごめん」
萌とみどりんは同時に頭を下げる。
「謝らなくてもいいけど、少し静かにしてくれたら嬉しいなと思っただけ」
みどりんが触手を二本挙げ、その先端を光らせた。
「俺を呼んだのはどういう訳だい?」
「味方は多い方がいいからだよ」
「……圭介は、この先にいる奴を敵だと思ってるんだな?」
「わからないけど、下手をしたらそうなるような予感がする。でも、みどりんが参戦してくれたら何となくそれが緩和されるような気がして」
「よくわかってるじゃないか、さすが圭介は賢いな。誰かと違って」
「なっ!」
言い返そうかと思ったが、さすがにさっき叱られたばかりだ。萌は高津の集中を妨げないように、しばらくは寡黙に歩く。
途中、少し短いが使えなくはなさそうな棒きれを見つけたので萌は拾った。
握りの太さは申し分ない。
(……突きにはちょっと足りないけど、殴るぐらいならできるかな)
さらに萌は歩いた。
さっきまで春めいた良い天気だったのに、どうしてか雲が空に掛かり始めている。
冬を思わせるような冷たい空気が時折頬を刺した。
黄色い昼間の光がどうしてかくすんで見えて……
「!」
高津が急に立ち止まった。
「……そこにいる」
「何が、どこに?」
「そこ」
高津が指さした方向を見たが、特に何も見えない。
しかし、周りの景色はいつの間にかセピア色めいた変化をみせていた。
「あたしには見えないから、指示してね」
萌とみどりんは高津をかばうように少し前に出る。
そうして、高津の指さした方向を注視しながら身構えた。
「その、赤っぽい三角の石の左っ側。そこに高さ八十センチぐらいの……」
萌は一足飛びでその手前に降り、持っていた枝を振り下ろす。
「!」
手応えはなかったが、何か意味のわからぬ音がその場所から響いた。
「えいっ!」
萌はさらに音のした方に枝を横殴りに振るった。