毒蛙1
「……何の用?」
電話の向こうで伊東が笑う。
「用はないんだけど、ちょっとお前と話がしたくて」
「……気味の悪いことを言うな」
「村山さんに会ったよ」
「えっ!」
間髪を入れずに発せられた台詞に瞬時固まる。
「実のところ、ちょっと心が折れたかも」
どうしてか伊東は愚痴りはじめた。
「イケメンだろうが何だろうが、年齢からしても絶対俺に分があるって思ってたんだよな」
「ふうん」
高津は仕方なしに相づちを打つ。
「だけど、実物を間近で見たら違うね。鳥肌が立ったよ」
高津は微かに顔をしかめる。
思い出すのは気弱に微笑む村山の表情。
ほっこりしたことはあるが鳥肌が立ったことはない。
「まるで3DゲームのCGみたいに綺麗な顔でさ、あれで頭が良くて金持ちだなんて人間離れしてる。何か別の世界のオーラも見えたし」
ため息が聞こえた。
「人外のモノと勝負しなきゃならないって思わざるを得ない」
「……人外」
高津はつぶやく。
それこそが離生何離人を指し示す言葉。
畏怖であり、蔑視でもある。
だからこそ彼らは小さくまとまっていた。
高津のように、周りの危険を察知できる力の持ち主ならともかく、そうでない萌や村山は、己を小さく、そして見えなくすることで世間から糾弾されることを避けた。
(だけど……)
伊東がそう感じたのは、村山が既にそれをやめているためかもしれない。
己がこの世から弾かれる存在であることを知りながら、あえて自らを表明したとしたら。
そのために、陰に潜み続ける高津や萌と縁を切ったのだとしたら。
高津は震えた。
村山の選択は彼を危うくする。
彼の存在はそれ自身が捕食者を呼び、己を傷つける。
「……なあ、人の話、聞いてる?」
「あ、ああ」
高津は首を振り、伊東の言葉に耳を傾けるように努力した。
「それはそうと予備校の話だけど、萌は大分なじんだみたい。まあ、元々あんまり物事にこだわらないタイプだし、そのせいかもしれないけど」
高津は眉間にしわを寄せる。
「……伊東」
「ん?」
「お前は萌、大丈夫か?」
「意味、わかんないんだけど」
「萌は周りから厭われる性質だ。お前はそれでも大丈夫なのか?」
「おい」
あからさまにむっとした声がする。
「喧嘩売ってる?」
「そうじゃない、言葉が悪かったのは謝る」
高津が言いたいのはそういうことではない。
「萌の異質な感じ、お前は平気かと聞いている」
「俺は萌が異質だなんて思ったことはない」
明快な答えが返る。
「そりゃ、ちょっとばかし他の子とはずれてるし、無口で何考えてるかを類推するのに苦労することもあるけど、いつだって一所懸命だし、頑張ってるし、何よりいい子だし」
「……そうか」
高津は息をついた。
ほっとしたのか、がっかりしたのかはわからない。
「安心したよ、これからも萌をよろしくな」
「何? お前、戦線離脱?」
「いや」
高津は微笑った。
「お前がいて、萌が楽ならそれはそれでいいかなって」
「馬鹿野郎」
軽蔑的な言葉が投げかけられた。
「俺は、いい人と戦う趣味はない。もう少し悪役になれよ。そうしたら俺、もっと積極的になんでもやっちゃう踏ん切りがつくのに」
「やめとけ」
萌に下手に手を出すと火傷する。
「萌はお前よりも強い」
「やっぱりそう思うか」
快活な笑い声がした。
「今のところはまあ、村山さんは住むところが違う人だってこと、わからせるように努力するぐらいにしとくよ。全てはそれからだ」
「……せいぜい頑張れ」
二言ほどかけ、高津は電話を切った。
どうしてか前のような焦りはない。
やはり、この間のテレポート事件が効いているのか。
あの後、幾度か萌と電話した。
そして、時々、高津のテレポテーションの練習台になってくれるよう頼んだところ、彼女は快く了承してくれた。
だから、どうしても会いたいなら、会いに行くことができる。
それは高津にとって、もの凄く大きな出来事で……