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まどろみ  作者: 中島 遼
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予備校1

ここまで読んで頂いてありがとうございます。しばらく続きますが、どうかよろしくお願いいたします。

 予想通りというよりは予定通り、萌は浪人した。

 高津は関西の大学に、伊東と百合子は地元の大学にそれぞれ進学が決まっている。

 正直、当然の結果だ。

「これであたしが受験に合格したら、ずっと頑張っていた他の誰かに申し訳が立たないし」

「それだけわかってんなら、何で高校三年の夏まで、なーんにもしないでぼんやりしてたのよ。馬鹿じゃない?」

 あくまで正論の妹には軽く頭を下げる。

「申し訳ない」

「私じゃなくて、親に頭下げてね」

「はい」

 二浪するぐらいなら、家から通える私学でもいいとも言われた。

 予備校にも通わせてもらうことになった。

 以前、高津が行っていた学校だ。

(まあ、予備校っていうのは勉強するために行くものだから、あんまり贅沢は言えないんだけど)

 それでも考えると少し憂鬱になる。

 理由は由美も同じクラスだと言うことだ。

 会話をするとどうしてか疲れるので、できれば一緒にいたくないのだが、彼女はいつも萌のところにやってくる。

 そうして、高津や伊東のことばかりを萌から聞こうとする。

 萌は一応、由美の質問に答えるように努力はしたが、彼女はどうしてかいつも不機嫌になった。

 何か期待する答えと違うことを自分が言っているのだろうという気はしたが、由美の望みなど自分にわかるはずもない。

(テレパスじゃないんだから)

 ところが、四月も終わりになろうとする頃だろうか。

 気づけば由美は萌のところに来なくなっていた。

 そうして、新しくできた友達といつも一緒にいる。

 申し訳ないと思いつつも、萌は幾分ほっとした。

 だが、

(……なんかあたし、喋る人いないな)

 思えば休み時間、一人ぽつんと座っている。

 同じクラスの浪人生たちも、何となく自分を遠巻きにして見ているような気がする。

 元々引っ込み思案で、自分から知らない人に声をかけるなどということができないたちなので、そうなるとどうしても孤立した。

 一人は楽だが、一人でいると目立つような気がして居心地が悪い。

 できれば大勢の中に紛れて、静かにじっとしていたいのだが……

「……って」

「え? 神尾さんが? うっそ!」

「おとなしそうなのにね」

 トイレに入ろうとした萌は、中の声に足を止めた。

 知らない女子だ。

 というか、萌が知っているクラスメイトは由美しかいない。

「人の彼氏取るのが趣味って、どういう感じなんだろ」

 萌は目をしばたかせ、それから違う階のトイレに行った。

(……今のは何だろ?)

 聞き間違いかと思いつつ、何か妙な誤解をされているのかもしれないという気もした。

(うーん)

 後者の方がどうも確率は高そうだ。

(……だから誰も話しかけてこないのかな)

 教室に戻ると、皆が目を合わせないようにすっと逸らす。

(やだな)

 重い気持ちで席につき、授業を受ける。

(人の彼氏を取る?)

 意味が不明だ。

(……いっそ、人の彼氏、取ったことあるの? みたいに聞いてくれれば答えようがあるんだけど)

 しかしそんなこと、いきなり尋ねてくれるような人はいないだろう。

 逆に、聞かれてもいないのに、そんなことを自分から言うなんて無理だ。

(まあ、いっか)

 そのうち、噂は由美の耳に入るだろうし、そうなったら誤解を解いてくれることだろう。

 萌は携帯電話を取りだし、村山の写真を眺める。

 何度見ても見飽きぬその表情。真剣なまなざし。

(……仕事、頑張ってるんだろうな)

 どれほど辛いことがあっても、夢で村山を失ったあの瞬間より酷いものはない。

 そう、自分に言い聞かせる。

 だが、高校時代と違う居心地の悪さは半端ではない。

 元々、萌の高校はほとんど中学からの持ち上がりだったし、概ね顔見知りと言ってよかった。

 しかし、この予備校は駅前ということもあり、隣町など遠くから通っている生徒が多い。

 加えて萌の高校の浪人生は、近場ではなく少し遠くの大手予備校に行く者が多かった。

 しかも浪人は理系に多く、文系ばかりの萌のクラスは由美を除けば一度も喋ったことのない違うクラスの女子が二人だけだ。

(……なんだかんだ言って、高校は一人になることあんまりなかったもの)

 知人がいっぱい、そしてそこそこ仲の良い友達がいて、時々自分から一人になるのと、友達が全くいなくて独りぼっちなのは根本的に違う。

「……あ」

 だから、とぼとぼと予備校から一人でバス停に向かう最中に、伊東からメールがあったときはさすがの萌も少し動揺した。

 勉強の息抜きに、川上さんとこへ行かない? という簡素な文言。

 それにとても救われる。

 急いで萌は返信を打つ。日曜日なら空いている旨、それが駄目なら、講義の合間に行きたいという旨。

 駅前にある予備校は、実のところ川上の店から歩いて十分程度だ。

 こっそり授業をふけても次の時間には戻れる距離である。

 と、今度は電話のベルが鳴った。

 着信名は今度も伊東だ。

「もしもし?」

「久しぶり、萌、元気?」

「うん」

「……ね、何かあった?」

「え?」

 びっくりして黙り込むと、相手の声のトーンが変わった。

「いや、メールの返事があまりに早かったから、どうかしたのかなって思ってさ」

 萌は笑う。

「ごめん、いつもあたし、ぼおっとして気づかずに返信遅いものね。今日はたまたま、バスを待ってるところだったの」

 伊東と軽く会話をし、そしてアポイントを取る。

「じゃ、日曜日、川上さんのところに九時ね」

 電話を切ってから、萌はそれが同級生と久々の会話であることに気づく。

(……百合子が一緒に浪人してくれてたら良かった)

 甘えついでに無茶なことを考え、環境順応力のなさにため息をつきながら、それでも萌は日曜を心待ちにした。


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