一章
「おめぇも笑ってばかりいねぇで名乗れ」
そう、先刻から気になっていたのだが、まだ名前を聞いていない。誰なんだろう、と真紀は早く聞きたい気持ちでいっぱいだった。
「すみません、名乗り忘れていました。私は新選組一番隊隊長、沖田総司といいます」
サッと風が吹き抜けたその一瞬が、時が止まったかのように長く感じられた。この人が、沖田さん。思い描いていた通りと言えば嘘ではないが、それ以上に良い人そうだと思った。まだ会ったばかりだけれど・・・もっと知りたいな、沖田さんのことを・・・。
「滝を見に行くのですが、よかったら真紀さんも一緒にどうです?」
沖田から誘いを受けて内心嬉しかったが、きっとこの二人で行く約束をしていた筈であろう。申し訳なく思い断ろうとすると、
「貴女も来るといい。今日は少し暑いし、良い涼みになるだろう」
土方さんがそう言ってくれた。二人の厚意に嬉しさが隠せず、にこりと微笑んで「それでしたら」とこの二人に同行して滝を見に行くことに決めた。
滝を見に行く途中のこと。少し前を行く二人の後をついて行きながら、知らず知らずのうちに以前NHKで放映されていた大河ドラマ『新選組!』のテーマソングを口ずさんでいた。初め、それが歌なのかも分からずにいた二人だが、聞いているうちに何とも形容し難い不思議な気持ちになってくる。
「真紀さん、それは一体…?」
「ああ、これは新選組の…」
言いかけて、しまったと思った。ここは幕末なのだ。おまけに目の前には当事者である本物の新選組の人たちがいる。
「新選組の、何ですか?」
土方が訊いてきた。どうしよう、何と答えればいいの…?必死にどう答えようか考えていたが、突然目眩がして、真紀はその場に膝をついてしまった。
「大丈夫ですか!」
二人が即座に助け起こしてくれたものの、口を滑らせてしまったこともあり彼女の顔は蒼い。それを見た二人は余計に心配した。
「総司、少し先にある茶屋で茶をもらってくるから、真紀さんをたのむぞ」
彼が茶屋へ向かう間に、沖田は真紀を支えながら近くの木陰へ移動し、そこに二人で腰を降ろした。木下から上を見上げれば、日の光が緑葉のわずかな間でキラキラしている。その様子を見て少しずつ落ち着きを取り戻した彼女は、沖田に頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳御座いません」
「迷惑などではないですし、頭など下げないでください」
その声に顔を上げると、彼は優しく微笑んでいた。「貴女は礼儀正しい人ですね」そう言って笑う沖田に、彼女の顔も自然と綻んだ。
「真紀さん、歳は幾つですか?」
「沖田さんとさほど変わりませんよ。たしか20過ぎですよね?」
沖田の顔を見て、また失敗してしまったと思った。彼は驚いたようにこちらを見ている。慌てて弁解しようとするが、言葉が出てこない。隠し通せない。一筋の涙が真紀の頬を伝う。その涙も吹いてきた風にすぐ飛ばされた。もう心を決めるしかない。
「沖田さん、これからお話しすることを口外しないでいただけませんか?」