一章
だが、細やかな喜びでさえ、ずっと続くものではない。彼女の場合も同じだった。
花びらを落として鮮やかな緑の葉をつけた桜に初夏の風が渡る、5月上旬のこと。早朝、けたたましく鳴り響く電話の呼び出し音が真紀を眠りから引き上げた。…こんな時間に誰だろう…?不安に思ったが、妙な胸騒ぎを覚え、戸惑いつつ受話器を取った。
「はい、広笛です」
「もしもし、真紀さん、ですか?」
相手の声は掠れ、震えている。受話器の奥から押し殺して泣く声も聞こえた。寝起きで少しボンヤリしていた真紀だが、その声には聞き覚えがあった。
「そうですけれども…楓さんのお母様ですか?」
「ええ…こんな朝早くにお電話してしまってごめんなさい。娘の、楓のことで電話したのだけれど…」
やっぱり楓のお母さんだ。でも、どうしてこんな時間に…?暫くの沈黙の後、楓の母はこう告げた。
「実は、この電話の少し前に、あの子は……楓は、心臓発作で息を引き取りました」
真紀は受話器を取り落としそうになった。今のは空耳よね…?楓が、死んだ?
「お母様、嘘ですよね、楓さんが亡くなったなんて…お願いですから、嘘だとおっしゃってください!…お願いです…」
目から涙が溢れ出すのを感じる。バカだな、泣くことなんてない。だってこれは、ただの悪い夢なんだから。真紀がそう思うのとは裏腹に、涙は止まる気配を見せない。
「…私も嘘だと言いたいです。でも、もう会えないの、楓には…。真紀さん、いままで楓と仲良くしてくれて、本当にありがとう。あの子のこと、ずっと忘れないであげて。葬儀のこととか決まったら、また連絡するわね」
通話終了を表す無機質な音が聞こえてきても、私は受話器を固く握りしめたままいた。頬を伝い落ちていく涙が、床で一度撥ね、散らばっていく。それから数日後、楓の葬儀があった。お通夜も告別式も参加させてもらったけれど、涙は一滴も出なかった。世界からどんどん光が消えていくような気持ち。もう友達は誰一人としていない。どうして私が大切に思う人はみんないなくなってしまうの……?
彼女はとうとう一人になってしまった。