一章
ところで、先程「行ってきます」と言った真紀には「行ってらっしゃい」と答えてくれる人はいない。彼女はもともと一人っ子であるし、両親は一年前に他界したのだ。仲睦まじかった真紀の両親は、二人で外出した折に飲酒運転をしていた車に轢かれ、この世を去った。
独り身になってしまう彼女を案じ、母方の親戚が引き取ろうとした。
だが、「長年両親と住んでいた家を今後も守りたい」という彼女の意志を尊重し、両親の親戚から毎月仕送りがなされることとなった。
さて、優しく美しい彼女ならば周囲からの評価は高いのかと思いきや、真逆である。上に立つ者から厚い信頼を置かれ重宝されている真紀を、他の者は妬み、嫌い、嫌がらせをしていた。毎日のように嫌がらせを受けている。しかし、彼女にも、たった一人の友がいる。
名を風水楓というその女性は、いつ仲良くなったのか思い出せないほど、幼い頃からの親友だ。普段おとなしい真紀とは対照的に快活であるが、一緒にいられる時はいつもそばにいるような仲の良さを見せていた。楓と会うことで、辛いことがあっても笑顔でいられる日々を過ごせていた。彼女の存在はいつも真紀を支えている。
二人が会う時によく話すのは、新選組のことである。新選組とは、動乱の激しい幕末に幕府側の勢力として京都で名を轟かせていた集団のことだ。世間では未だに[人斬り集団]と悪い評判もあるが、彼女の考えはそうではない。
人を斬ったのは、守るものが侵されそうになったから。
それに、そういう時代の風潮だったんじゃないかな。
それが彼女なりの解釈である。新選組の中でもとりわけ好きなのは、天才剣士と言われ若くしてこの世を去った沖田総司だ。ヒラメ顔だったと言われているけど 、実際はどうだったんだろう。想像してみて、思わず微笑んでしまうこともあった。