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晩夏の  作者: 些細
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福田セツ

福田セツは、年金と夫の遺産で暮らしていた。

家は5LDKの2階だて。昔は3人の息子と1人の娘、夫と暮らしていたが子ども達は全員結婚したり就職したりで、一人でこの広い家に暮らすようになってから早5年である。

幼い頃、かくれんぼをした時に息をひそめた。僅かな吐息ですら勝敗に関わるこの遊戯で老婆は一番最後まで見つからなかった。

今はこの家で、誰の耳にも入らない吐息をひそめ、肩を竦めてただ1人。老婆は晩夏のせみのなくこえに、耳をひそめて暮らしていた。


数日前、引ったくりに遭った。

全治3週間の捻挫と、軽い脳震盪で済んだものの、息子と娘に少しの心配を期待して電話した。

駆けつけてくる者はなく、1人騒いでいた自分が情けなくなったセツは被害届の取り下げに応じた。

加害者の少年は21歳。しかも住所不定、無職だという。

そんな少年…青年と言った方が良いだろうか。この年齢になると10年や20年の年の差など、さして大きなことに思えなくなる。

彼を責めることは人道に反する気がしたのだ。

誰からも来ない便りに耳をひそめた。ただ、晩夏のせみのなくこえにしん、と体の奥の何かが存在を主張した。

何故だろう。老婆はあの引ったくりに遭ったとき、幼い頃かくれんぼでおにに見つかった時のほんの少しの恐怖と、高揚をおぼえていた。

色鮮やかな足音がきらきらと、リズムも音もまばらに響く時の。

老婆は、小さな記憶の断片を大切にしまうように、そっ、と目を閉じた。

私の気のせいでなければ、かの青年……藤堂なつは今日釈放されるだろう。

彼はいま、なにを思いこのせみのこえを聞くのだろうと、老婆は心地よいせみのこえを聞きながら眠りにおちた。

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