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五. 第百一期勇者資格試験

 喩えて言うならば、異世界で俺を待っていたのは理不尽という名の壁であった。

 全方位ガチガチのコンクリートで囲まれて乾いて干からびるのを待っていたところ、やがて訪れた死刑宣告を俺は無理矢理好機へと変えた。

 堅牢な壁に小さな穴を穿ったは好いものの、この穴から出る事はたとえネコであっても不可能であろう。

 結局穴から漏れ出した僅かな水で渇きを癒している。

 そんな状態である。


 ○

 

「受験者は四列になって並んでくださいー」

 やたら白いシャツを着た生真面目そうな男が炎天下の下で叫んでいる。彼は受験生を誘導するスタッフである。

 

 俺は今、とある試験会場へとやってきていた。

 事の経緯はこうだ。


「お前には何とかして五億を稼いで貰いたい。そのための方策はこちらでいくつか用意してある」

 少女は長く白い脚を組んで尊大に言う。どう見ても十代の少女なのに、そういう仕草がよく似合う。


「用意してあるなら先に言えよ」

 腰に白い布をきゅっと巻きつけながら抗議する。

「悪く思うな。こちらにも事情と言うものがある」

 無い。顔を見れば分かる。いたずらっぽい笑みを浮かべている。

「はいはい……で、どうすればいい?」

「お前には、とある資格を獲得して貰いたい」

 無職に資格。最高のシナジーである。


 彼女が言うには、この世界には『勇者資格』というものが存在するらしい。

「この世界では、勇者とは概念や職業のことではない」

 勇者として認定されるためには、いくつかの試験をクリアして資格を得なければならない。

「言ってしまえば役人のようなものだ。ただしその試験は最難関とも言われている」

 年間数千人が受験し、合格者は一割にも満たない。

「ただし合格さえしてしまえば、後は特権階級の美酒がお前を待っている。禁止区域への無制限の立ち入り、装備制限の解除、王宮での武装許可、面倒なパーティ申請の免除などなど。中でも最高の褒章が――」

 

 カネだ。

 

 勇者は複数の国家によって認定された役人であり、その給料は税金によって賄われている。

 住居、食料から装備、部下や奴隷の人件費に至るまで。ある程度私的な出費だとしても、そのほとんどが経費として扱われる。


「まさに至れり尽くせりだ。ただし、一つだけ義務が課せられる。それは兵役だ」

 勇者の義務。それは魔王と戦う事である。

 

 世界の北端。極寒の地は人の住まわない土地であり、人ならざるモノ、魔王の支配する魔王領である。

 それは徐々に勢力を拡大し、南下政策を推し進めている。

「勇者は魔王に立ち向かわなくてはならない。これは常にそう在るべきであり、個人的に魔王領を侵略し続けなくてはならない」

 過酷だ。

 常に最前線に身を置いて生き残り続けるのは至難であろう。

 故に勇者の待遇は破格であるのだ。


「しかし、そうではない。戦争の準備、はどうしても必要だ」

 つまりはそういうことなのだ。

 準備をしている、修行をしている、仲間を募っている。

 そう言って一向に魔王軍と戦おうとしない者達が大勢いる。というか大半がそうである。


「勇者制度の弊害だな。百年ほど前この試験が初めて実施された時は、それほど難関の試験ではなかった。ただ勇気を示し、王に忠誠を近い、魔王軍と戦う覚悟を見せる。それだけでよかったのだが――」

 制度を悪用する者が後を断たなかった。

 どんなに崇高な理想を掲げたとしても、組織はいずれ腐敗する。

 水は低いほうにしか流れないのだ。


「だから難関と化した。今や勇者制度利用者のほとんどは姿を隠し、税金だけをせしめる存在となっている。だが制度自体を止める事はできない。勇者制度で私服を肥やした連中の中に、政財界への強い影響力を持つ者達が多く存在する。腐敗する一方だな」

 胸糞悪くなる話だ。

 だが。


「だからこそ、利用する。どうせクズ共にくれてやるカネだ。それを掠めとってやれ」


 と言うわけで、俺は今、勇者試験会場の受付に並ぶ列の中にいる。


「暑い……」

 じりじりと音がしそうな程照りつける太陽の下、参加希望者がバタバタと倒れている。

「熱中症かあ……」

 つぶやいて、皮袋の水筒に口をつけて中の液体を嚥下する。しょっぱい。中身は塩水である。

 

 熱中症対策には水分と塩分が欠かせない。

 真夏(かどうかは知らないが)の暑さの中、こう長時間待たされてはドワーフもリザードマンもたまったものではないだろう。オークの連中だけは平気そうな顔をしている。汗だくだけど。


「知らないってのは、なんつーか」

 知識は武器である。

 俺が飛ばされたこの世界では熱中症対策だのの概念は無いらしい。

 まあ十数年前まで俺の国でも「水を飲むのは怠け者だ!」何て戯けた事を言う老害がいたらしいが。今もいるとかなんとか。


 そうこうしているうちに、参加者のおよそ一割が待機列で脱落した。

 なんと過酷な試験であろうか。高温多湿の国に生まれてよかった。かの有名な夏の祭典ではヒキコモリのオタク達がさらに数時間も耐えていたと言うのに、異世界の戦士も亜人も案外情けないものだ。

 

 程なくして列が進み始めた。

 受付が開始されたのだ。並び始めて二時間後の出来事だった。


 受験者は名前や所属等を書き込んだ参加用を係員に渡し、代わりにナンバープレートを受け取る。

 俺の番号は四千五百四十五番。下ネタじゃねえか嫌がらせか。

 

 人間やそうじゃないの、何だか分からない生物まで含め、参加者およそ八千名超。

 全員にナンバープレートが行き渡り――


 勇者資格試験が始まる。

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