伝えたい言葉
僕は疲れていた。
目の前で行われているバスケは、両選手、審判ともに両端のゴールを行き来していた。そのなかで特にバスケ部に所属している選手はボールを綺麗な弧を描くようにシュートを放ち、パシュッと音をさせながらリングを通りすぎる。
その時の周りの歓声は凄まじい。ナイスやスゲーなどの声が少し離れた場所で見つめている僕の方にさえ届いてくるほどなのだ。僕もそれを見ていて、心の中で上手いな、なんて思っていたんだけど、今はそれよりも、自分がやらなければならないこと、それを熟さなければならなかった。
「ごめん、それにバレーの試合結果を書いておいて!」
「うぇ~~」
「頼むから!」
「わかりましたよ、先輩」
少しめんどくさそうな顔をしながらも、彼女は僕の指示を聞いて、近くにあった試合結果報告書の情報を冊子の方に記入していく。
僕がやらなければならないこと。
それは――球技大会の運営だった。
どこの高校でも行っているかもしれないが、一応の説明を。
まぁ名前の通りなんだけど、年に二回、夏休み冬休み前に一度ずつ、バレー・バスケ・テニス・卓球・バドミントンを学校で行うのだ。ただ、体育祭ではないので、観客は生徒たちだけなのだが、それぞれ団になることなく、一クラス=チームとなって、トーナメントで勝ち上がっていく、という感じでやるので、クラスの団結力をひと目で見ることができる機会でもあるのだ。
で、それをまとめるのは、僕の仕事だ。
僕はその球技大会を企画すると同時にスポーツ委員を纏め、指示するリーダーとなっていたのだ。
だから、今日――本番当日は僕にとっては過酷な一日となるのだった。というか、なってしまって、椅子にでも座ってしまえば、白く燃え尽きてしまうのではないかと、そう思うほど疲れを感じていたのだ。
僕にはリーダー力など皆無だった。
元々大人しい性格の僕には、体育会系の先生と計画を練るだけでも、相当な労力を必要としたし、口下手だから何を言いたいかわからないと、何度も説明を要求される、ということが二ヶ月ほど前からあったのだ。
そしてそれらの疲労はピークに達していた。
クラスメイトが近くに寄ってくる。
その子は僕が選手として次の試合に出ることを伝えに来てくれたのだ。
生徒会だから、運営者だからといって、僕らが出ない、なんてことはない。僕の場合はバレーに出ることとなっていた。これがバスケとなっていたら、ただの邪魔物なのだが、バレーならなんとかボールを仲間へパスすることぐらいは造作もないことなので、自ら手を上げて入れさせてもらっていたのだ。
その試合は勝った。
選手の中にバレー部が二人に、元バレー部が一人という、経験者が三人もいてくれたから、特に僕が活躍することなく、徐々に上へと駒を進めることができていた。
しかし、僕の体力は限界に達しそうだった。
そんな状態でもお構いなく、僕の携帯は鳴り響いていた。少し離れた場所にいる役員に、生徒が質問しに来たのだと言う。それに一々対応しなくては、運営に支障が出てしまうから、その子にも一つ一つ説明を行なった。
そしてついに僕は座ってしまった。
そこには長机が配置されていたので、そのまま寝てしまおうとそんな考えが浮かんだ。
そんな時――
「なに疲れた顔なんてしているんだよ」
そう言われて、僕はそちらに顔を向ける。
そこには、生徒会長とこの球技大会を管理する先生だった。
二人ともなぜか笑顔で、僕はなんというか、それを見ているとまたも疲れが増したような感覚を覚えて、目を逸らしてしまう。
だが、そんな僕を見ながら二人とも、こう言ってくれた。
「おいおい、なんでトップが疲れた顔を見せてんだよ。こっちが疲れちゃうだろうが」
「今日のためにやって来たんだから、楽しみなよ」
上が先生で、下が会長なのだが、二人とも僕の疲れオーラなど気にすることなく、そう僕を叩いてくれた。
これをどう捉えるかが、分かれ道だったと思う。
疲れた人間にそんなことを言われたとき、怒りがこみ上げてくるのかもしれない。
だけど、僕は知っていたのだ。
この二人は僕のために、この球技大会のために、協力してくれているのだ。
総監督である僕が、こんな顔をしていたら、後輩などただ「お疲れ様です……」だけで終わらせていたところを、彼らは僕の態度を良しとしなかったのだ。
それを言われたあと、僕はすぐに次の試合で呼ばれることとなる。
その離れていた間に、彼らはそれぞれの持ち場に戻ってしまったのだが、僕はその言葉を聞いて、その時点から最後まで役員にも生徒たちにも先生にも、疲れを見せることはなかった。
と思うよ。たぶんどこかでやはり見られてしまったのかもしれない。
だけど、その時感じていた疲れは消えてしまったかのように動き回ることができた。そして無事、全ての試合を終わらせて、閉会式を済ませ、球技大会は終わりを告げた。
僕は今も彼らにその時の感謝を伝えることができていない。
たぶん、彼らは何の話だ? なんて惚けるのだ。困ったもんだよ。本当に。
だから僕はここで伝えるよ。
『ありがとう』とね。
どうでしょうか? 少し照れくさいところがありますが、伝わることができたでしょうか? 伝えることができたのなら、幸いです。
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