生存報告
まごう事なき『被災地』である福島県は彼女にとってもゆかりの地だ。
海辺の町であるいわき市は母方の出生地であり、祖父の墓が置かれていることもあって数年前までは祖母の墓参りに同行していた。さすがに九十を数えるようになって毎年とはいかなくなったが、寺の改築があったということで今年はアンコウの季節にでも訪れようと約束を交わしてもいたのだが……
それに友人が会津に住んでいる。バイト先で知りあった年の離れたこの友人を、彼女は妹のように可愛がっていた。
「……やっぱり繋がらないか」
パートに出かける前に今一度、電話を鳴らした女は不通を告げるアナウンスに肩を落とす。
そんな彼女に夫君は鼻先で笑って見せた。
「知ってる? 会津ってのはいわきと違って山の近くに在るんだよ」
いくら地理に弱くてもそのぐらいは知っているが、心配しているのは津波のことだけではない。彼女の周りでは原発事故の後から有象無象の噂が飛び交って人心を惑わしていた。
納豆が効くといわれれば買占めが起こり、放射能が検出されたと言われればその産地の商品は徹底して売れ残る。隣町でほうれん草から放射性物質が検出されたという話もあって、野菜の直売所などは閑古鳥が鳴いた。福島という地名そのものが不安の代名詞であるかのように人々は恐れ、惑い、噂だけが大きく膨らんでゆく……
夫君は彼女に新聞を放ってやった。
「死亡欄に名前が載っていなければ生きてるって事だ。それでいいだろ?」
違う。無事だと、心配は無いと本人の声で聞かされればどれほど心強いことだろう。そのたった一言を確かめたくてこうしておろおろしているというのに……
小骨のように喉に刺さった気持ちを飲み下して出勤した彼女を待っていたのは、この上もなくうれしい出来事だった。
夜半すぎに鳴り響いた電話の向こうから聞こえた声に彼女は、柄にもなく膝を砕かれて床に座り込んでしまう。
「お久しぶりです~。無事です~」
「無事って、あんた……」
あれほど想っていた妹分は変わらない気安さと明るい声。
自宅の電話も、携帯からも電話が繋がらないことを知った店長が千葉から来ている彼女のため特別に店の電話を貸してくれたのだという。
「こっちはテレビでやってるほど悲惨じゃありませんよ~。まあ、今住んでいるところがボロだから揺れますけど?」
この声が聞きたかったのだ。
「もしもし、聞いてます? みんながメールくれているのは知っていたんですけど、こっちから返信ができなくて……」
「うん、みんなには責任を持って伝えておく。こっちもみんな無事だから。客席トイレの壁に、めちゃくちゃでかいひびが入ったけどね?」
「ああ、そこの店、ぼろいですもんね」
誰からの電話なのか、みんな気づいているのだろう。彼女に仕事が回らないようにさりげなく動いてくれていた。
「良かった。本当に……良かった」
短い電話ではあったが心にあった固い結び目が一つ、解かれたような心地であった。




