ガソリン騒動
一夜明ければ、報道は全て震災関係のニュースで埋め尽くされていた。津波、福島第一原発の事故、そして千葉県内でも液状化による被害の凄まじさと鎮火しない精油施設の火災……
「ガソリンを入れに行こう」
朝一番でたたき起こされた男は不機嫌そうに言う。
「まだ半分以上入っている。無駄だよ」
「いい! 何でも良いから満タンにしておこう。行かないのなら自分で行ってくる。鍵を貸せ!」
しぶしぶ妻の言葉に従った彼は、24時間営業のガソリンスタンドが閉まっていることに衝撃を受けたらしい。
「これは?」
「やっぱり……夕べのうちに動けばよかった!」
後悔とは次の行動を考えるための踏み石に過ぎない。
「逆に小さな店舗をあたるか……いや、タンク自体が小さいことを考えれば既に売り切れている可能性は高い。後は少し離れているが、エネオス、コスモ……大手は多分アウトだろうな……」
街道沿いのガソリン店を順々に思い浮かべていた妻は突然、今まで利用したことの無いマイナーなスタンドに思い当たった。ホームセンターに併設された、名前すら知らないあの店ならあるいは……?
夫を急かしてそのスタンドに着けば、そこは案の定、混雑していた。
だだっ広いホームセンターの駐車場を開放して長蛇に並んだ車の群れ。その中に車を並べれば、車越しに殺気が伝わってくる。
一台のバイクが整列用の赤いコーンを迂回して列に割り込んだ。明らかにヤンキーじみた若い男はバイクを止め、コーンを開け放つ。ぶふぶふとやたら煙たいエンジン音を響かせた車がバイクに続いた。
普段なら、あからさまに喧嘩っ早そうなあの若者の行動に文句をつけようという猛者などいないだろう。だが妙な緊張感が張り詰めているこの場で、彼らはあまりにも非常識すぎた。
一台の車から男が降りて若者達に何か怒鳴っている。ガラス越しにかすかな声が聞こえた。
「みんな並んでんだよ! そんなずるいやり方が通用すると思ってるのか!」
遠目に見ても大人しそうな男だ。普段はこんなに声を荒げることすらないかもしれない。
与し易しと見たか、ヤンキーがずいっと前に出る。
「あー、ばっかだなあ。あいつ、殴られるぞ」
暢気に傍観を決め込む夫の言葉にイラっとする。隣の軽から恰幅のよい男が降りなかったら、きっと彼女が飛び出していたことだろう。
言い争う男達に近づいた彼は取り立てて声を張り上げるようなことはしなかった。だから会話の内容までは解らない。ただ、ヤンキーな若造が少し項垂れてバイクを反すのが見えた。
「ねえねえ、ドラマみたいじゃない?」
はしゃぐ夫は本当に……バカなんじゃないかと不安になる。
ここは確かにテレビで見るような被害こそ無かったが被災地だ。未だ停電、断水が続いているところもある。原発事故に関する不穏な流言もあちこちで囁かれ始めているというのに?
それに彼女が抱えるもう一つの不安を、彼は『知っているはず』であった。




