渋滞
息子が迅速に対応してくれたおかげで娘も無事に帰ってきた。
「訓練じゃない避難って、初めて~」
これまた緊張感のない第一声に笑息さえ漏れる。
後に解ったことだが、この市内での被害は負傷者3人、全壊家屋は13軒、半壊家屋も10軒程度という小規模なものだった。これも地震後かなり経ってからの記録であることを考えれば全壊家屋の数は怪しいものであるが、明らかに第一波でぺしょっとなった家屋は1~2軒だけという、いわゆる地震そのものによる被害はほとんど無い地域であった。
だからテレビで報道される状況がどこか遠い出来事のようだ。首都圏では交通マヒが起こっている。津波は到達したようだが詳しい被害の状況は未だにわからない。
それにさしあたって一番身近な被害は道向こうの町内が大規模な停電に見舞われているということだ。
(停電か……)
近隣の店舗では大規模な買出しが始まっているに違いない。電池に、当面の備蓄食料に、カセットコンロ、後は……?
身一つで生きていける能力というのはこういうときにこそ役に立つ。家庭内の備蓄を彼女はつらつらと思い繋げた。
「虫除け用だがろうそくはある。いざ、ガスが止まったら焚き火という手もある。重要なのは食い物だが……」
米は幸いに先日購入したばかりだ。当面は持つだろう。
「それでもいくつかの缶詰と、あとは米すら炊けないときのために主食になるものは欲しいな」
財布を掴んで玄関へ飛び出した母親に、娘が不安げに唇を尖らせて尋ねた。
「どこ行くの?」
「ちょっと買い物……」
言いかけて彼女は考え込む。
子供は敏感だ。テレビからの報道で不安を煽られたか、それともいつに無く走り回る母親の姿に異常を感じたか……
「念のためだよ。だって、いざとなったら庭に食べられる草がいくらでも生えているじゃない?」
いつもどおりの珍奇な回答に娘が頬を緩めた。
「じゃあ、おやつも買ってきて。チョコが良い」
「お前は意外に図太いよね」
それでもチョコ、飴は備蓄の基本だ。
「そうか、それも多分、みんな狙ってくるだろうな」
これで買うものは決まった。少しの菓子類とインスタントラーメン、それに当面の食パンか。
徒歩で国道沿いに出れば、既に渋滞はピークを迎えている。高速の入り口につながる表の道ならいざ知らず、裏道であるこちらの道にまで車が連なっているのを見るのは初めてだ。
「まあ信号も止まっているんだ。あたりまえか」
これも後に知ったことではあるが、隣の市では広範囲にわたる停電が起きていた。このときの渋滞は隣市の中心街から延々と続いていたものらしい。




