錯綜
予想通り反対車線は渋滞が始まっている。だが高速から下るこちら車線は動かないほどではなかった。
家に帰り着くことができた彼女は靴を脱ぐのもそこそこにテレビをつける。
震源は宮城県沖、マグニチュードは7.9。
(情報が錯綜している……)
震源地と震度を反復するばかりの報道に彼女の本能が危機を訴える。新鮮さがウリのテレビ報道をもってしても、手数が少なすぎるということか……
ただ事ではないことは先ほど体感済みだ。あれほどの揺れの震源が遠い宮城県だとは、震源に近い東北はどれほどに揺れたことだろう。そして都内に住む弟や埼玉の年寄り達は?
(ばあちゃんっ! おばちゃんっ!)
彼女の実家は遠く名古屋だ。地震の被害は無かろうが、この報道を見ていればどれほどの心配をすることであろうか。
ちょうど中学生の息子が帰ってきた。
「お前っ! 地震はどうした」
「ああ、ちょうど自転車に乗っててさあ、揺れたね~」
「何をのんきな……」
だが、ありがたい。パニックでも起こされていたらこちらの手間が増えるばかりだが、これほどに落ち着いていてくれれば使える。
「小学校の状況を確認しに行ってくれ! もしお迎えならそのまま妹を連れて帰ってくれればいい。避難訓練でお迎えの手順は一通り知っているな?」
「母ちゃんは?」
「ひいばあちゃんと、実家と、叔父さんにも連絡しなくちゃならん。それも早急にだ」
テレビと母親の顔を交互に見ていた息子は、突然に事の大きさを認識したらしい。
「解った。他には?」
「とりあえず妹が最優先だ。たぶん余震もある。気をつけろよ」
家を飛び出していくひょろりとした背中が妙に頼もしく見える。彼女は僅かに落ち着きを取り戻して携帯を取り出した。
家具が倒れたりなどしていないか、全ての室内をめぐりながらコールする。
「……おばちゃん? うん、そっちはどうだった?」
埼玉におばと二人で住む祖母は高齢だ。年寄りの二人暮らしであるがゆえに心配も多い。
「うん、なんとも無かったんだね? いや、それはあれほどの地震だもの、揺れるよ」
家を飛び出すほどではあったらしいが、人的にも物理的にも損壊は無かったとのことで、ほっと肩から息が抜ける。
「うん、ううん? それはまた今度聞くよ。とりあえず弟のところにも電話するから」
恐怖と興奮を語り始めるおばをなだめて電話を切る。
家の中は幸いに倒れた家具など無いし、書棚の本が少し落ちただけだ。水周りを確かめるために蛇口をひねりながら弟にコールする。
『回線が非常に混雑しており……』
やはり始まっている。これを見越して連絡を最優先に回したのだが……
「なんだコレ!」
風呂場の水道から流れる水は濁りを含んでいた。井戸水が地震の前後に濁ることは聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。
「……水は出る。ということはポンプを動かす電気にも問題は無いということだな」弟への電話を諦めて実家へとコールをかける。今度はきちんと呼び出し音が鳴る。
「あ、父さん? うん、揺れはすごかったけど……」
言いながらコンロをつける。小気味の良い炎が上がった。
「うん、あいつのところは回線が混雑してるってアナウンスで……え、連絡があったの?」
火をつけたまま、ガス臭などしないかを鼻先で探る。
「ええ? 詳しい話はいいよ。とりあえず生きてるって事だろ?」
裏口を開けてガス管沿いに匂いをたどるが、どこにも異臭は無い。
「家は、ライフラインもまあ大丈夫っぽいし? 死ぬことは無いと思うよ」
からりと笑って見せるが、一番不安を感じているのは彼女自身だ。あの恐ろしい本震は震度5という強さでこの地域を揺すった。こうして電話をかけている間にも足元に余震を感じる。
「まあなんとかなるって。揺れは本当にすごかったけど、被害も無かったし」
心配をかけまいと最上級の笑い声で電話をしめて、彼女は不安に痛むこめかみを強く押した。
テレビの画面からは津波警報の赤ラインに太平洋側のほとんどを覆われた不吉な日本地図が消えない。そんな禍々しいものを見るのはもちろん生まれてはじめてだった。
最終的にはマグニチュード9.0に修正されたんですよね。
震度だけではなく、被災状況など情報修正の多さに緊急事態だって事を肌で感じました。




