亀裂
そんなに長い時間ではなかったと思う。いや、地震としては相当長い揺れではあったが……
二度目の揺れが収束したのを確かめて彼女は夫と店内に戻った。さっきまで座っていた席には頭上にあったはずのドル箱がひっくり返って落ちている。
(あの程度で死にはしないだろうが……)
もしも頭上からコインのシャワーを浴びたらと思うと、ぞっとする。
隣の親父が床に散ったコインをさりげなく拾い集めていた。何時間も隣に座っていた同士なのだから自分のドル箱の具合と、彼女のドル箱に入っていたコインの量ぐらいは把握しているだろうに、これ幸いとドル箱を満たそうとする浅ましさには苦笑するしかない。
オヤジでも遠慮するほど明らかなコインの一山だけを手早くかき集めて、換金を済ませた彼女は夫を探した。彼はパチンコ台で二箱程度のドル箱を積んで平然と打ち続けている。
「何やってるの?」
「ああ、パチンコ玉は下に置くから、ひっくり返らなかったみたいだ」
「そうじゃなくて、帰らないの?」
「だって、百回転、回してないもん」
大当たり後百回転……パチンコを打つ人なら解るだろうか。連荘の可能性があるうえに、台が好調に入りやすい。確かに捨てるには惜しいところではあるが、それだって確率上の問題であって百パーセントではない。ましてや今は『非常時』だ。
「多分、小学校がお迎えになるよ」
「まさか! 確かに揺れたけど、たいしたこと無いよ。平気平気」
のんきに構えるこの夫は解っているのだろうか、今まで体感したことの無いこの揺れが人心をも揺さぶるということに……確かに目の前であった被害といえばガラスが一枚割れただけ。だが、震源地も、世間はどれほどの被害を受けたのかも、ここに居ては何の情報も得られない。大体が子供達の安否という情報を得ることが最優先ではないか。
それに……あまりに震度の大きい地震があれば鉄道は安全確認のために止められる。高速も然りだ。この地域自体に被害は無くても、どこかで被害があれば交通網が混乱するのは目に見えているじゃないか!
「ともかく、帰るから。車の鍵、貸して」
あまりに強い妻の言葉に夫は少々面食らいはしたが、よほどパチンコ台が惜しいのか素直に鍵を差し出した。
「本当にいいんだね?」
妻は今一度だけ夫の顔を見る。
「ここは高速の出口も近い。今帰らないと迎えにも来れなくなると思うよ」
妻の最大の気遣いを夫は鼻で笑った。
「お前、心配しすぎ。どうせたいしたこと無いって」
「うん、俺もただの取り越し苦労であることを祈ってるんだけどね」
それでも妻は夫の手から車のキーを奪い取り、後は振り向きもしなかった。




