表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瓦解  作者: アザとー
2/12

日本震撼の日

 2011年3月11日、その日は何の変哲もない金曜日となるはずだった。

 夫の仕事は定休制ではない。それゆえに休日だった。

 子供達が学校に行ってしまえばすることとて無く、夫婦揃ってパチンコにでかけるのがこの二人の休日の過ごし方である。

 妻にとっては正直、このパチンコは苦行でもあった。パチンコ自体は嫌いではないし、最近はアニメ系の台も多くて楽しめる。それでも毎週判を押したようにパチンコ屋に『ご出勤』というのも食傷気味だし、何より夫から支給された三千円のみの元手で粘らなくてはならないというのも苦痛であった。

 大概は5円スロットでちょもちょもと当てては呑まれを繰り返して暇をつぶすが、当たりを引けない日もある。資金が尽きたからといって追加投資をしてまで打ち続けるのも馬鹿らしい話だ。さりとて家に帰ることを夫は許してくれない。

 せっかく調子がいいときに迎えになど来られては興ざめがするらしいのだ。自分もパチンコを打つ身としては解らなくも無い。

 妻はせいぜい近くの古本屋で立ち読みなどして暇をつぶし、夫が負けすぎないように、そして止め頃を読んで連れて帰るために待機することの方が多かった。

 ところがその日は調子のいい日であった。少し遅くなってパチンコ屋に着いたのは昼ごろだったにもかかわらず、お気に入りの台が開いていたのが幸運の始まりだった。

 大当たり後の回転数も悪くない。暇つぶしのために打つ人が多い5スロでは良くあることだが、一度引いた大当たり分の出玉を飲ませて追加投資を少々……大当たりを引きやすい数値である。案の定、50回もまわさないうちに最初の当たりを引いた。しかもビッグボーナスである。

 その後も飲まれ始めてはレギュラーボーナスを引き、その出玉がさほど減らないうちに次のビッグを引き戻して、を繰り返しながら半箱程度までコインを増やした頃には、台設定が最高数値ではないがそこそこ良さそうだと確信するに至った。夕方まで打ち続ければ、出たり呑んだりしながら緩やかにプラス収支になるはずだ。

 パチンコをしたことの無い方のために説明しておこう。マンガなどで足元にドル箱を積み上げているのは、あれがパチンコ台だからである。一回の当たりであの箱一杯分の玉が出るパチンコ台とは違って、パチスロの出玉は一度にせいぜいドル箱半分より少ない。置き場所はスロット台の上に作られた小さな棚の上だ。

 そのとき、女の頭上には半分より少し上までコインの入ったドル箱が置かれていた。経験上から大当たりを引きやすい、つまり台が調子のいいときに出る演出が頻発している。

 そんな興奮状態の中にありながらも、その揺れは鮮烈な違和感を女に与えた。

(地震?)

 大きさ的にはさほど大きく感じない。なのに胸騒ぎがするのはなぜだろう?

 天井近くの鉄骨がみし、みしっと鳴った。

(やばい!)

 揺れは少しずつ大きくなっている。二席ほど隣の若い兄ちゃんががばっと音がするほどにはねあがり、表へ駆け出した。他の客は誰一人立ち上がろうとはしない。

 女は僅かに逡巡した。この程度の地震でそれほど大げさに立ち回って、冷静に座っている両隣の客の真ん中に戻ってくるのは少しばかりばつが悪かろう。だが……ひさびさに蘇った野生児の勘は、結論よりも先に体を動かした。

 衝動的に狭い通路を走り、出口へ向かう。大きくなった揺れに臆したか、数人のオヤジがそれに倣うように椅子から跳ね上がった。

(ここにいてはいけない!)

 ガラス張りの出入り口をくぐる頃には揺れは相当に強くなっている。今までに感じたことも無いほどの揺れと、恐怖と、そして……

(子供達はっ?)

 中学校に通う息子はそろそろ帰ってくるかもしれない。むしろ小学生の娘の方が、まだ下校には早い時間だ。

 女が表へ飛び出し、平面駐車場の真ん中にへたり込んだ頃には本震が音を立てて大地を揺すっていた。どこかで車の防犯ブザーが鳴っている。

(誤作動しやがったか)

 それとは別に耳慣れない音が聞こえる。

(地面が鳴っている……?)

 あまりに大きな共鳴版を得たその音はどこが音源なのかさえ曖昧に耳の感覚を狂わせる。遠くで鳴っているようで足元から聞こえる鳴動はあまりにも不吉な響きで、これが始まりに過ぎないことを物語っていた。

 ようよう事の大きさに気づいたパチンカーたちが次々と店から逃げ出してくる。その中に夫の姿を見つけた妻はほっと安堵のため息を漏らした。

 ここで夫を放って逃げ出した彼女を冷たいと思うだろうか。戻って夫君を探し出し、手に手をとって逃げれば美しいと?

 そんなことは物語の中の、それこそチート能力者でもない限りしてはいけない愚行だ。非常時にまず最優先すべきは自分自身の安全確保である。何より生命の根幹を脅かしかねない恐怖というのは本能だけをむき出しにする。あれほど大事にしている子供達のことさえ、出口までたどり着けるという目論見が立つまでは思いつきもしなかったではないか!

 揺らぎに耐えられなかった入り口のガラスが一枚、不協な音を立てて割れ落ちた。すでに揺れも治まりつつある。

 隣で突っ立っている夫を尻目に、妻はアスファルトに片膝を着いて地面に手を当てた。一度目の揺れはどうやら収束したようだ。

「もう大丈夫かな?」

 大当たりでもしていたのだろうか、落ち着き無く店内に戻ろうとする一人のオヤジに続いて皆は店内へと足を向けた。もちろん、彼女の夫君も。

「揺り返しが来る! 戻っちゃダメだ」

 片膝をついたまま叫ぶ声に、再びの鳴動が重なった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ