序文に代えて
未だあの震災の傷跡に苦しんでいる全ての皆様に、一日も早い復興を願っております。
そして読者様、決してハッピーな物語ではないことをあらかじめお断りしておきます。
2011年3月11日、日本を文字通り揺るがして未曾有の凶災となった東日本大震災は未だ人々の記憶に新しく、その爪あとは癒されてはいない。
あの忌まわしい記憶の日、幸いにも当家に物的な損害は出なかった。だが、目に見えぬものは確かにあの日、あの瞬間に鳴動する大地と共に瓦解した。
これは震災によって揺らいだとある夫婦の絆の物語である。
『あの日』を語る前に、まずはその夫婦の成り立ちをざっと紹介せねばなるまい。今しばらくお付き合いいただければ幸いである。
夫婦の形に正解などない。これはアザとーの持論ではあるが、男と女が出会い、生活を共にする関係を夫婦と位置づけるなら、彼らの関係も決して不正解ではないだろう。だが、『不正』と乱暴に縦書きした文字のごとく、その関係は歪なものである。
彼女は女としてモテないことをよく自覚していた。
化粧などしたりはしない、髪はさっぱりと刈り上げたベリーショート。好んで身につけるのは擦り切れたジーパンに男物のTシャツ。がっちりと大柄な体つきも相まって、成人式を迎えた後でも『中学生男子』に間違われることはざらである。
中身も決して『嫁』に向いてはいない。
財布さえあれば……いや、財布などなくても生きていけると豪語するだけあっておおよその『女性』という基準からは外れている。
掃除、洗濯などの煩わしい作業は存外に苦手だ。基礎能力は高く、どこのバイト先でも重宝される優秀な人材ではあるが、それは誰かに組まれたシステムの中でのことであって、自分でシステムを組み上げなくてはならない『家庭生活』というものでは十二分に実力を発揮することはできない。
野宿も平気、理性よりも感性で行動する。結果、成人しているというのに虫取りに出かけて迷子になる……野生児の彼女は外も内もまるきり『少年』であった。
そんな女でも年頃というものはある。人並みに装って参加した飲み会で彼女はその男に出会った。九つも離れたその男を女はいたく気に入ったが、彼が何を思って彼女と一緒に居たのかは定かではない。
ともかく、子供ができたのを機に二人は夫婦となった。所謂デキ婚である。
結婚してすぐにわかったのは男の借金であった。
「サラ金に手を出していないだけマシ」と嘯く男のカードは数百万単位での負債で汚れ、懲りずに給与額を上回るカードの使用明細が届く……その金の行き先はパチンコ屋である。
家計が回らないと懇願する女に男は冷たく言い放つ。
「お前だって無駄遣いはしているじゃあないか。百均で要りもしないものまで買ってさあ」
女はついに通帳を男の顔面にたたきつけた。
「こんな穴だらけの家計がまわせるかっ!」
それでも離婚しなかったのは返済の方向で家計をまわすという彼の言葉を信じたのと、結局は惚れた弱みというものだろう。家計の主権は夫、妻は食費として月三万円のお手当ということで家庭生活は継続していた。
だが、子供が育てば出費は増える。パートに出たいという妻の言葉に夫の答えはノーだった。
「俺がちゃんと金を渡してやっているのにやりくりできないお前が悪い」
二人目も生まれ、息子も幼稚園に通うようになっていよいよ妻の堪忍袋は底が抜ける。勝手にパートを見つけてきたのだ。当然のごとく大バトルが勃発した。
それでも必要を認めさせて夜のパートに出るようになった妻ではあったが、それは決して家計を潤沢にしたりはしなかった。おねだり上手な夫は妻の給料日となれば外食をせがみ、勝手に教材の訪問販売を引き込んで断りきれず妻にローンを組ませる。
その分ローンの返済が早まるはずだと信じていた妻が裏切られていたことを知るのは2009年の貸金法改定の時。借金は減るどころか増えていたのである。
そこで夫を見限るという手もあったのだが、妻はそうはしなかった。数年前から監視役として夫のパチンコに付き合い、その病癖が治まりつつあることは心得ている。法改定に危機感を抱いたのか、隠していたカードを全て妻に預けて土下座までした。
要するに絆されたのである。それに十年も一緒に暮らしていればそれなりの生活パターンというのは出来上がっているわけで、改めて新生活を始めるのも面倒な話だ……
それだけを聞くと夫側にばかり非があるように思われてしまうのであえて言っておこう。女は妻としては欠陥の多い性質であった。
まず女としての魅力に欠ける。さばけてむしろ男性的ともいえる性格は男女を問わず人気ではあったが、『女』として見るにはあまりにも男気あふれすぎだろう。
それに家事も案の定、上手くは無かった。そもそも片づけが苦手であるゆえに自分の物、夫の物、子供の物まで管理するなどキャパオーバーなのだ。断捨離に挑戦したこともあるが、物欲の強い夫に嫌味を言われればそれ以上に強く推し進める気など続きはしない。その諦めのよさも家庭生活の主導権を握る主婦としては向いていなかったのだろう。
夫から『主婦失格』と罵られることも多く、どちらかというと人の機嫌を読む勘に優れた女は彼の発する毒気にあてられて精神のバランスを失い、ますますに家事がおろそかになるという悪循環が出来上がっていた。
ともかく、そんな二人でも夫婦として十六年間を過ごしてきた。そして妻は夫を間違いなく愛してもいたのである。
……そう、あの日までは……




