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壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』


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婚約に向けて(2)


(知識の神アルヴァーニュの聖人、または聖女が現れれば……)


 この戦にまみれた人生も終わるのか。

 だが、戦場を離れて自分はまともな人生を送れるのだろうか?

 普通の、皇族としての職務を果たせるのか?

 ワインをグラスの中で回しながら、血のような色味に目を細める。

『血飢えの皇子』などと呼ばれて怯えた目で見られる自分が。


(彼女にもそう見られるのか。いや、だとしてもあの男に嫁がせるのはなんだか……)


 となりで「聞いているのか!?」と兄に大声を出されて我に返る。

 なにも聞いていなかった。


「今連絡が入った。シャーリー・シャレルット子爵令嬢は無事に家についたようだ。それと彼女の婚約者の方にも使いを出している。ティヴァロニ王国の王族には僕から話を通したから、あの二人の婚約破棄は問題なく進むだろう。早ければ三日後には手続きが終わる。神殿からの許可が一番面倒だがね」

「ああ」

「ただ、やはりあくまでもシャレルット嬢の気持ちが最優先だ。彼女が今の婚約者を望むのなら潔く身を引きなさい。その時はまたこちらで二人の婚約を結び直す」

「わかった」

「……で、本当に彼女と結婚したいと思ったのか? 本気なんだな?」

「ああ」


 こくり、と頷く。

 兄の呆れたような表情。

 しかし、真顔で頷いたのが効いたのか、困った顔をしながらも「わかった。本国にも報告の用意を」と部下に指示を出す。

 用意はするが、シャーリー嬢が拒否したことも想定して状況が動くまでは報告は動かさないのだろう。

 そして属国にとって帝国の皇族が望んだ場合は余程の地位のある重要人物でなければ差し出してくるだろう。

 なにせ、今日のパーティー会場には聖女もいたぐらいだ。

 それなのにただの子爵家令嬢の感情を最優先とは。


「兄は心配だよ。ジルは女性の扱いに長けているとは言い難いからな。本当なら国内の女性を娶ってもらいたかったぐらい」

「戦場育ちに無茶を言う」

「それでもお前が無理やり国から引き剥がして連れ帰るのだ。気にしてやるんだよ?」

「わかっている」


 女の扱いは確かに自信はない。

 戦場では“人間扱い”するだけで精一杯。

 妻子のいる兄は「まあ、なにかわからなかったらすぐに相談しなさい。すぐに。なんでも」と食い気味に言う。

 言われなくても全力で頼るつもりだ。

 なにしろ、本当に女性の扱いは心得がないのだから。




 ◇◆◇◆◇




「えっと、シャーリー・シャレルットと申します。初め、まして」

「ジルグロッセ・ドゥロッテ・ロゲオスだ」


 兄の計らいで、翌日の昼間にシャーリーとの昼食会が行われることとなった。

 相手のことをなにも知らないまま婚約破棄からの皇族との婚約はまずい、とのことで。

 昨日と打って変わって緊張と恐怖の面持ち。

 しかし、昨日会場で向けられた眼差しとは意味合いが異なる。

 これは――皇族に対して無礼を働いてはどうしよう、という緊張からくるものであり、自分に対しての恐怖からのものではない。

 畏怖されることに慣れきっていた。

 だから、皇族扱いが久方ぶりすぎて、怖がられているのに妙な嬉しさを覚える。


「昨日は申し訳がなかったね。私はイガルダ・テインデール・ロゲオス。ロゲオス帝国第一皇子だ。そしてジルは第三皇子。突然あのようなことを言い出して、こちらも驚いたんだ」

「は、はあ。……あ、あの……私、その……こ、婚約者がいるのですが……」

「君がジルグロッセを選んでくれるのならば、ティヴァロニ国王を通じて婚約破棄の手続きをさせる。君の実家とお相手の実家にも謝罪金を支払おう。もちろん、ティヴァロニ王国にもそれなりの便宜は図るつもりだ。しかし、それは君が断ってくれても支払う。今回のことは内政干渉になりかねない。弟のほぼ思いつきのような行動だ。どうも戦場に長くいすぎて、そのあたりのことがどうにもわかっていなくてね。これは私にも原因が……」


 等々、兄の長い謝罪会見が続く。

 そんな中運ばれてくる料理。

 そこでちゃんと食べ始める胆力に目を見開いた。

 先程まで皇族を前に緊張と粗相への恐怖で震えていたのに、今は食事に集中し始めたシャーリー。

 なんなら、出されたステーキを口に入れて幸せそうな笑顔まで浮かべている。

 その姿にまた、昨日と同じように目を奪われた。

 彼女が幸せそうに、本や食事に熱中している姿を見ていると、目が離せなくなる。

 いつの間にか兄の演説も終わり、静かな食事会になってきた。


「美味いか?」

「はい!」

「たくさん食え」

「ありがとうございます!」


 あまりにも美味しそうに食べるので、自分から質問すると笑顔で元気のいい返事。

 その笑顔に枯れ果てた大地に水が流れ落ちてきたかのような、そんな感覚を覚えた。


「食事のマナーはさすがに問題なさそうだな」


 小さな溜息を吐きながら、兄がそう呟く。

 皇族に嫁入りするに至り、最低限のことはできなければならない、ということだ。

 食事は特に問題はない、ということらしい。


「こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました。果実なんて何年振りで」

「ざっと聞いただけだが、シャレルット子爵領はだいぶ困窮しているようだね。土地はあるのに、枯れ痩せているとか。なぜか何年も水の聖女も土の聖人もこないと」

「……そうなんです。父は何度も神殿に申請を出しているのですが……。土の聖人様はティヴァロニの逆方向に住んでおられ、忙しい方だとお聞きしているので仕方ないとは思うのですが……」




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