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カレイド・エフェクト

 沢渡の指が静かにキーボードを叩く。仮想環境内で構築された新たなアカウントが、暗号化されたフォーラムへと接続された。

 仮面を被った無数のユーザーたちが飛ばすメッセージ。その中に、カレイドの運営チームとされる発信元が存在する――はずだった。


「コードトーラス、接続完了」

 後方の端末で矢吹が静かに呟く。真鍋は監視ラインの応答遅延をモニタリングしながら、万が一の遮断に備えていた。


「何かあれば、すぐ切れ」

 高城の声に、沢渡は無言で頷いた。だがその目には、挑む者の光が宿っていた。


【カレイドのメッセージ投稿者】

 >君のような“興味本位の観察者”に、私たちの本意は届かない


 一見、ありふれた煽り文句。しかし沢渡はその文体に、そしてタイムスタンプの“揺らぎ”に注目する。


(この書き方……単一人格じゃない。切り替えが早すぎる)


 数十秒の沈黙の後、別の文体の返信が届く。句読点の使い方、助詞の配置、微妙な敬語のブレ。

 発信元は単独の人物ではない――複数の構成員が一つの“顔”を演じている。


「……やっぱりチームで動いてる。返信の傾向がバラけすぎてる」

 沢渡のつぶやきに、真鍋が応じる。

「統一プロトコルで応答させてるわけじゃないなら、ミスは出るよな」

「むしろ、そこに乗っかる」


 沢渡は慎重に言葉を選び、再び投稿を打ち込む。

【トーラス】

 >“君たち”って、誰に向けて言ってるんだ? もう少し教えてくれないか。


 返答までのタイムラグは12秒。沢渡は即座に時計を見、軽く鼻を鳴らす。

「一人が打ち返すには遅い。何人かで相談してる。間違いない」


 高城が、隣で静かに唸る。

「カレイドは“個”じゃない。構造体だ」

「そしてそれを操作してるチームがいる。たぶん、今回の件の“発信源”だ」


 再びキーボードを叩きながら、沢渡の口調が静かに熱を帯びる。


「このやり取り、全部ログに残してる。言葉の癖も、反応時間も、間違いなく分析できる。……あとは、この仮面の裏を剥がすだけだ」


 モニターに浮かぶ仮想のやり取り。その先にいる“何か”に、沢渡の意識がじわじわと迫っていく。


 彼の仕事は、すでに始まっていた。


 沢渡が仕掛けたトレースコードは、仮面の一瞬のほころびを見逃さなかった。


「引っかかった」


 矢吹が声を上げた。彼のモニターに、通信パケットの異常経路が一瞬だけ浮かび上がる。国内の匿名化ノードを経由していたはずのパケットが、一瞬だけ東欧を経由していたのだ。


「ヴェルカスタンの民間通信網を通過してる……しかも数年前に解体されたはずの研究所の回線だ」


「ただの偶然か?」

 高城が低く呟く。真鍋がすぐに首を横に振った。


「いや、違う。わざと通してる。目くらましか、あるいは――警告だ」


 沢渡は目を細めた。

「“俺たちは見ている”というサインだろう。やっぱり……この件、やつらの臭いがする」


 沈黙が落ちた。誰もが、数か月前のある未解決事件を思い出していた。

 匿名都市。音響信号による集団心理操作。あの時、未遂に終わった実験――


「今もどこかで続いているとすれば、今回も“実験”の延長線上ってことになる」


 沢渡の声に、篠原が背後から静かに問いかけた。

「一体、誰が?」


「断定はまだできない」高城が口を挟んだ。「だが――十分に似ている。問題は“何のために”だ」


 全国で起きた連鎖的な暴動。それぞれの発生場所、時間、対象に一見共通点はなかった。

 だが“発生条件”には一貫性がある。カレイドの動画を見た、という一点だ。


「洗脳に似た情報入力……だが、それだけじゃない」沢渡が端末を操作する。「行動をトリガーする何かがある。言語でも、音声でも、映像でもない」


「じゃあ、何だ?」


「条件反射を植えつける“環境そのもの”だよ」

 沢渡はモニターに複数のフレーム画像を表示させた。まったく同じ構図、同じ光量、同じ背景色――


「この空間を見せられた人間の“意識の底”に、同じ指令が残されてる」


 インビジブル・トリガー。目に見えない引き金。それを“映像”として埋め込むことが可能な時代が、すでに到来していた。


「そしてそれをやれるのは……」


 沢渡が言葉を濁す。だが、全員の頭には一つの名前が浮かんでいた。


 KAIROS――かつて、ある国家的研究機関が変質して生まれた“行動操作”の亡霊。


(続く)



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