二本目・不死身の男が暴れているわ
ひたすらに道を歩いていると、店が一件あった。
少女はその出店の中を見てみると、そこは茶屋だった。
「あら、お嬢さんいらっしゃい」
老婆が少女を見て挨拶をする。
「……こんにちわ」
「お嬢さんはどこからきたの? 一人?」
「向こうから一人きたわ。私はダンディ時計兎を探しているわ」
「あら、聞いた事ない名前ね。冷たいお水、一杯いかがかしら」
「いただくわ」
老婆の勧めで一席に腰を下ろす。
茶屋はくたびれた感じのある建物で、築は30年は超えているだろう。
「どうぞ」
「ありがとうと思うわ」
冷たい水を一杯。美味くはない。味がまったくしない事がまた独特の冷たさの喉越しを引き起こす。
氷で冷やした水でも、冷蔵庫で冷やした水でもない。
冷えた水?
冷やされた水?
冷たさを放つ水?
熱を奪う水?
そのどれもが違う。
一番近いのは、冷えていることが当たり前の水。
常温というものが冷たい、冷たさが優しい水。
「こんなお水、初めてだわ」
「気に入った? 洞窟の地下から湧水を汲んでいてね……この水の美味しさに惚れ込んで、ずいぶん昔にここで茶屋をやり始めたの」
「お水だけでこんなに美味しいなんてはじめてだわ」
「ゆっくり涼んでいってちょうだいね」
太陽の日差しは眩しく、林道を抜ける風は涼しく、湧水は優しく体の芯を冷やしてくれる。
極楽という言葉を思い浮かべ、少しの間少女は目を閉じた。
その静けさは長くは続かなかった。
「おいババア! ここにガキが来ただろう? そいつを出さねえと店が燃えちまうぜぇ!」
ガラスが割れる音と老婆の悲鳴が重なる。
少女が確認すると店頭で暴れている男がいた。
店の設備を足蹴にし、それを狼狽えながら老婆は見ているだけだった。
「私に用事があるはずだわ」
少女は逃げも隠れもせずに男の前に出る。
「あんた逃げな! この人は正気じゃないよ」
「すっこんでろババア! お前か、お前だろ! オレと同じ選ばれた者は!」
男は少女を見て舌なめずりをする。
「私は貴方のこと知らないわ。私はダンディ時計兎をさがしているの」
「はぁ〜? そんなもん知らねぇよ。それよりももっといいもん持ってんだろ?」
男はズボンの中からエモノを取り出す。
「と、ん、そ、くぅ〜!」
取り出したのは豚足だった。
奇しくも少女は先ほど手に入れた豚足と似た大きさと色合いだった。
「オレには理解る。お前も豚足に選ばれた一人だと……オレの持っている豚足がお前を殺して豚足を奪えと言っている!」
男は高笑いをする。
その後ろから老婆は静かに近づき、
一升瓶で殴りつけた。
ガラスの割れる音。
男は糸が切れたかのように無力に倒れる。
「はぁ……はぁ……」
「お婆さん」
「も、もう大丈夫よ、すぐに逃げましょう」
老婆が割れた酒瓶を落とした時、
男は立ち上がった。
額から血を流しているが、痛みを感じている様子はなかった。
「なにしてくれとんじゃババア!」
蹴られた老婆は机と椅子に体を打ちつけて動かなくなった。
「まったく、豚足で殺されなかったことを感謝しろよな。これで邪魔者はいなくなった。さあ! 出せよお前の豚足をよぉ!」
「待つでござる!」
老婆と椅子の間から声がする。
「間一髪だったでござる。少女よ、申し訳ないがこの方の面倒を見ていて欲しいでござる」
蹴り飛ばされた老婆を身を挺して助けた者がいた。
老婆は蹴られた怪我はあれど、衝突のダメージはなくかろうじて意識があった。
「あ、あなたは……?」
「ご老人、もう大丈夫でござるよ」
頭にはちょんまげを結い、腰には帯刀。
その姿は侍そのもの。
魚肉のすり身を竹などの棒に巻きつけて整形後に加熱した加工食品であり、魚肉練り製品の一つ。
その体はちくわそのもの。
老婆を助けたのはちくわ侍だった。
「……え、えぇ?」
スケトウダラ(スケソウダラ)・サメ・トビウオ・ホッケなどの魚肉に塩・砂糖・デンプン・卵白などを加えて練り、竹製や金属製の太い串に棒状に塗りつけ、焼く、蒸す、茹であげたり、油で揚げたりする。
焼いたものは焼き竹輪と呼ばれ、蒸したり茹でたりしたものは蒸し竹輪、白ちくわ、油で揚げたものは揚げちくわなどと呼ばれる。
現代は流通による一般化で焼き竹輪がほぼ主流であり、ほとんどの場合機械によって自動的に焼き上げられる。
保存の際、冷凍される焼き竹輪は冷凍焼き竹輪と呼ばれ、冷凍しないものは生ちくわと呼ばれる。地域によって用いる魚、形、味にそれぞれ特徴がある。
彼は、その区分けの中の希少な『ちくわ侍』そのものだった。
「あぁん? なんだお前?」
「貴様! 豚足に魅入られ罪もない人に暴行を加えた数々の所業。ここで悔い改めよ!」
「ちくわに言われても、この豚足の魅力に勝てるわけねぇだろ?」
少女は老婆の身を預かり、ちくわ侍は静かに怒りを燃やした。
「貴様がいくら豚足によって力を得ても、お前自身はなんの知恵も経験も鍛錬も積んでない弱い人間のままだ。その豚足を捨て、今までの悪事を振り返り罪を認めるのならば、拙者は刀を抜くことはない。だが、これ以上の悪事を重ねるというのなら……」
遅くも、早くもない、湯気が湧き上がるかのような動きで刀に手を当てる。
「Kill!」
ちくわ侍の目付きは刃のように鋭くなった。
「やあってみろよぉおおおお!」
男は豚足を振り上げちくわ侍に向かっていく。
「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前!」
飛び上がったちくわ侍は九人に分身し、
「ちくわ大明神!!」
全員が男を切りつけると一人に戻った。
「げっはぁ!?」
男は口から血を吐き出し、倒れた。
「峰打ちでござる」
両腕に四撃、
両足に四撃、
頭部に一撃、
鉄の刀で殴られば骨は折れる。
「危ないわ!」
少女の叫び声でちくわ侍は体を捻ったが、重い一撃が練り物の体を貫く。
「がっはぁ!」
「ちくわの体に穴が増えちまったな!」
男は貫いたちくわの体を蹴り飛ばし腕を引き抜く。
「ぐ……ぐああ……なぜ、今の致命傷で動けるんだ」
「おいおい、あの程度の攻撃でオレがやられると思ったか?」
男は愛おしそうに豚足を撫でた。
「こいつのおかげでオレは無敵になったんだ。この豚足はただの豚足じゃねぇんだよ。この呪いの豚足はな、生と死の両方の呪いを持つ! 生きていなければ死ぬことはない、死ねなければ生き続ける。これが呪われた豚足の力! オレは不死身で、どんな死に至る攻撃も死ぬことはないんだよ!」
折れた手足も、頭蓋骨も回復していく。
「てめぇの攻撃は確かに凄かった。今まで戦ってきたヤツらの中で、九人に分身し、その衝撃を腹部で衝突爆散させるなんて芸当ができたのは恐れ入ったよ。だがな!」
ちくわ侍を蹴り転がす。
「この、豚足の前では無駄ァ! あっはっはっはっはっは!」
転がったちくわは少女と老婆の元へ力無く横たわった。
「ぐ……まさか、ここまでとは……無念……」
少女はちくわに開いた虚空を見入る。
「逃げろ……逃げるんだ」
「さっき貴方は、あの男のことを知恵も経験も鍛錬も積んでない弱い人間って言ったわ」
男は高笑いを続ける。老婆は気を失っている。ちくわ侍も息絶えようとしている。
「私もそう思うわ」
少女はポシェットから豚足を取り出し、
ちくわ侍に開いた穴に、差し込んだ。
「うぁあああああああ!!!」
ドス黒い光が天へと伸びる。
「な、なんだ! まさか豚足を使ったのか!?」
絶叫と黒い光が収まる。
立っていたのはちくわ侍を超えた存在。
ちくわ侍の中身は豚足で埋まり、
男に開けられた穴は塞がり、
頭から豚足がはみ出ている。
「拙者はもうただのちくわ侍ではない。豚足ちくわ侍だ!」
刀には闇のオーラを纏い、
背中には九匹の龍が血眼で男を見ていた。
「バカな! ここまでの力をどうやって! ありえない……そんな力が……そんな力がオレには無いじゃないか! どうなってやがるんだ!」
「ギャーギャーうるさいでござる。拙者に残された時間は」
豚足ちくわ侍が消え、男の前に瞬時に現れる。
「玖」
刀で打ち上げる。
「捌」
落ちてきた男をさらに高く打ち上げ返す。
「漆」
九人に分身する。
「陸」
九人が飛び上がり、刀で男を弾き飛ばしては分身がまた弾き飛ばす。
「伍」
九人同時に打ち下ろし、男は地面に叩きつけられる
「肆」
九人が九倍、八十一人になる。
「参」
八十一人が順に男へ落下の一撃を加えていく。
「弍」
八十一人がまだ降り注ぐ。
「壱」
八十一人が降り注ぎ終わり、
一人の豚足ちくわ侍が男の上に立っていた。
「零」
豚足ちくわ侍から、豚足が外れる。
外れた豚足は元の大きさになり、ちくわ侍は刀を納めた。
「そういえばお主の豚足は死ぬに死ねない生きるに生きられない呪いだったでござるな」
「そうだ……お前がいくら化け物めいた攻撃ができようと、オレは不死身だぞぉ!」
「その生と死の循環に、今の嵐のような暴力と激痛が混じったらどうなるでござるか?」
男の狂った笑みが凍る。
「よ、よせ! やめろ!」
「お望みの二本目の豚足でござる」
ちくわ侍が男の口の中に豚足を押し込む。
男の腹の中は暴れ出し、膨らみ、暴れては治癒を繰り返す。
「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ! ひぎぇぇええええ!」
「さあ、隠れるでござるよ!」
少女と老婆とちくわ侍は男の姿が見えない木の影に隠れる。
男はなお膨張と攪拌を続けた。
老婆の店よりも大きく膨れ上がってなお、膨張は続く。
「た。たすけてぇぇええええ!!!」
男の悲鳴が確かに聞こえた。
「まさかここまでなるとは思ってなかったでござる……」
「持ってる豚足を捨てればいいのだわ〜!」
少女の一言の後、男の腹は破裂した。
九匹の黒い龍が天へと昇り、消えていった。
*
それから男の肉片は消え、老婆は回復し、ちくわ侍は後遺症が残ったが私生活はできるほど回復した。
「私は豚足がこんな危険な物だと知らなかったわ」
あれから豚足は二足見つかり、二足とも少女のポシェットの中にある。
「申し訳ないが、拙者は十秒しか持つに耐えられなかったでござる。豚足は貴殿がもっていられるのがよろしいかと思われるでござる」
「わかったわ。それとお侍さん」
「なんでござるか」
「ダンディ時計兎を知っていると嬉しいわ」
「……申し訳ないが、聞いたことはないでござる」
「そう」
老婆の店の修復も終わったため、老婆は店番に戻る。
ちくわ侍は療養へ街へ戻る
少女は……。
「お嬢さん、店を直してくれてありがとうね。そういえばお嬢さんの名前を聞いてなかったわね」
「そういえばそうだったでござる」
「私の名前は、アウバトーレ・ロドリゲス8世という名前だわ」
「アリスって名前なのね。可愛らしいわ」
「アリスか……貴殿にピッタリの名前でござるな」
少女はダンディ時計兎を探す旅をこれからも続けるのであった。
ーー続くーー




