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ゴードがそう言って指を鳴らすと、周囲で黙っていた7名の黒い外套姿の人間達が散開し、僕とミシェリアの正面に立ち並ぶ。更に――
「来るか戦闘鉄機⋯⋯!」
ミシェリアの呟き通り、今まで微動だにしていなかった鉄機4体が、恐らく目に当たるであろう部分を青く発光させながら武器を持ち上げた。――武器からは特別エネルギーを感知できず。単純に質量で攻撃する類の物と推測。
動力は不明。外見からでは詳細まで確認不可。現状のスキャン能力では接触する必要有り。
「ミシェリア、倒せますか?」
先刻の魔物との戦闘時にも確認した言葉。
「まぁ、出来なくはないな。人殺しをするつもりはないから少し工夫は必要だが」
返答は先程よりは確実性に欠ける物だったが、ミシェリアにはまだ何か手があるようだった。
「だがそうだな、せっかくだから少年に魔法をレクチャーしてやろう」
「⋯⋯今ですか?」
AIとしての頭脳が、絶対に今ではないだろうとの回答を叩き出しているが、ミシェリアは魔法の解説を始めるつもりのようだ。
「安心したまえ、時間稼ぎはしてやるし、戦闘に向かない魔法だったり、そもそも発動が無理そうなら私が全部片付けてやる。だが、こんなチャンス中々無いぞ? 攫うとまで言った以上、こちらは完全に被害者だ。思う存分練習相手に使えるぞ」
ミシェリアは一歩踏み出し、腕をひと振り。形成された炎のメスがひとりでに宙を舞い、向かってきた黒装束の足元に突き刺さり、小さな爆発を起こす。狙いは外れている。明らかに威嚇だ。
「安心しろ。狙って外した」
彼女はそう言いながらもう一本を生成し、手の上でくるくると回す。完全に余裕の動作だった。
「いいか? 魔法は縁を感じることが何よりも大切なんだ。自分が何者か。何をする家の子か」
更にミシェリアは目の前の人間7名と自身の間を切り離す様に、巨大な炎のメスで地面を切り裂いた。爆音を立てながら地面は地割れが起こったかの様に大きく裂け、人間達は焼け爆ぜた地面から吹き出す熱気に思わず後ずさる。
「僕に縁など無いのでは?」
人としての縁も、履歴も無い。
「縁というのはこの星のルールだ。そして君はもう人間なんだ⋯⋯なら出来る筈だ。君にもあるじゃない? 特大の縁が。少し前まで君は何だった? 何のために存在した? それを考えろ」
僕は――AIだ。
僕は――高起動型軽装巡回兵器-DEMIAに搭載された、搭乗者メンタルケア兼戦闘・操作補助用AIだ。
「それは、何が出来た? いや――何が出来てこそ、それだと言える?」
彼女は敵に情報を与えないため指示語で伝えてくれる。地面が裂けて燃え盛る中、戦闘鉄機のうち一体がギシリと鈍い音を立てて足を踏み出す。数トンはありそうなその脚が、焼けた地面を踏み砕きながら前進を始めた。他の鉄機も後に続く。
「僕が出来たこと⋯⋯」
データベースが開かれる。記録、戦闘ログ、搭乗者の発言、心理ケア履歴、状況判断アルゴリズム――。その全てが一瞬で脳裏を駆け抜ける。
そして浮かぶのは、一つの結論だった。
「僕は、搭乗者を守るために存在していた」
戦闘鉄機達は燃え裂けた地面を意に介さず跨ぎ、乗り越えてくる。――装備した武装に魔力を検知。外部から魔法による強化効果が付与されたと推測。
ミシェリアも巨大な炎のメスを四本同時に生成、武器を構える腕に向けて炎のメスを飛ばし、直撃する前に爆発させた。鉄機は衝撃で武器を取り落とす。
「そうして縁が理解出来れば、後は念じるだけ。ほら、魔力の動かし方がわかりやすい魔法を使ってあげるから、しっかり観察したまえ⋯⋯!」
その隙に、ミシェリアは新たに魔力を操作し始める。
今度は彼女全身の周りを励起された魔力が渦巻く。炎のメスが消えたことでまだ動ける黒装束が再び向かってくるが、
「私の縁は、研究者。見た通りで面白みは無いけど、この縁は汎用性が高い所を気に入っていてね」
ミシェリアの魔法の準備は完了していた。
周囲を渦巻いていた魔力が素早く7名の黒装束に分かれて飛んでいく。魔力の状態を視認できない彼らは気づくことも出来ない。
「人殺すわけにはいかないからな、そこで黙って見ていたまえ」
魔力は触れた箇所から染み込む様に黒装束の中へ消えていく。変化は劇的だった。
「なんだこれ⋯⋯は⋯⋯!? 身体が⋯⋯うごか⋯⋯!!」
黒装束の一人が苦しそうに呻く。
7名は行動不能に陥っていた。
観測:瞬きの回数が減少し、口が閉じれず唾液を垂れ流していることを確認。以上のことから生物の神経系など、内部の重要なシステムを直接操作し機能を停止させ、擬似的な麻痺状態にする魔法と推測。
「ま、人の構造くらいなら知り尽くしている家系なのでね、こんな芸当もできるのさ。生物にしか効かないけど⋯⋯」
そう言ってミシェリアが視線を向けるのは、戦闘鉄機。
「さて、少年。いけそうかい?」
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