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「君を拾った時の状況? それはもう不思議な状態だったよ。全裸の子供が、魔物も普通に出るような森の中に落ちてたんだ。しかも無傷で、そこまで歩いてきた形跡もなく」
ミシェリアは続ける。
「一番不思議だったのはあれだね、倒れた君の周囲の草が君を中心に外側に向けて薙ぎ倒されていた事だ。あれが最初からあってそこに君が現れたのか、はたまた君のせいで起きた現象なのかは不明だが、どちらにせよ空から降ってきたか、虚空から湧きでもしない限り、そこ(中心部)に到達するまでの痕跡があるはずなのさ。だがそんな物はなかった」
「理解できます。そしてそのどちらかなら、なんらかの衝撃を伴いながら虚空から現れた可能性が最も高いと考えられます」
「まぁ空から降って来たなら外傷の一つや二つあるだろう。でも君には違う根拠がありそうだ。話してごらん?」
ミシェリアに続きを促され、僕はログ、彼女からもたらされた情報を併せて根拠を語っていく。
「起動する前の最後のログ、記憶は宇宙空間の移動中に原因不明、原理不明の光源に飲み込まれたことが最後となっています。恐らくその光源により、僕は人間の肉体を獲得し、森に転移させられたのだと考えられます」
僕の説明を聞いた彼女は息を大きく吐き、目を閉じた。
しばらく沈黙が流れる。
やがて目を開き、静かに一言――
「⋯⋯⋯⋯訳がわからんな?」
何もわからなかったらしい。
「まさしくその通りです。機体の破損、機体での転移ではなく、わざわざ人間となりここにいる理由が不可解です」
「その機体というのは、具体的にはどういう物だ?」
ミシェリアは好奇心を抑える様にメガネのブリッジを押し上げる。
「DEMIAは搭乗型の人型兵器です。大きさは、貴女を縦に十人ほど並べたくらいの大きさがあります」
「大きいな⋯⋯それはそこに置いてあるそれ、『鉄機』と呼ばれる物だが⋯⋯それが巨大になったような物のことを言っているのか?」
そう言ってミシェリアが指し示したのは、テーブルの上に放置された、幾つかのパーツが組み合わさったような小型の丸い物質。僕はその物質を手に取った。
「これは鉄機と呼ばれているのですね。⋯⋯少々確認します」
手に持った小型の鉄機をひっくり返したり振ってみたりしたが反応はなく、恐らく動力切れだと推測。
保存されたデータにある技術体系によって作られた物ではなく、素材も不明。外見上は花崗岩に似ているが、組成が完全に別物。この星独自の技術、または石材と推定。
「先程の質問に回答するなら、これはDEMIAとは求める方向性が全く違うようです。技術体系が違いすぎるので断定は出来ませんが、この技術が進歩してもDEMIAは制作出来ないだろうと考えられます。耐久性や重量から、恐らくこれは陸上での使用に特化しているのでしょう」
「鉄機ですら発掘した物を使うのが精々で、技術的にはオーパーツと呼ばれる物なんだが⋯⋯⋯⋯DEMIAとやらは一体どこまで文明が育てば作れるんだ!?」
「DEMIAは宇宙に自在に行けるようになった星の文明から見ても新しい技術を多数使用しているので、数千年規模の技術進歩が必要でしょう」
「す、すうせんねん⋯⋯⋯⋯先は長いな。ふふっ、でも面白いじゃない」
あまりの先の長い話に愕然としつつも、研究者らしく好奇心が刺激されたからか頭部の耳が喜ぶようにピクピクと動いている。
「話を戻しますが先程述べたようなサイズの人型物体は僕が落ちていた周囲にありませんでしたか?」
「いや、そんな馬鹿でかい物があったらさすがに森とはいえ気付くだろうから、見ていないな」
「そうですか⋯⋯」
視線を落とし、僕は考える。自分が人間の肉体を得た経緯は不明だが、それでもなお――
体表に触れる気温、風の流れ、そして手に触れた、または視界に入った物質の分析。DEMIAが持つ精密な探知機能は、現在僕の機能のように振る舞っているが⋯⋯当然生物単体としては持ち得ない機能だ。
つまり、身体感覚とは異なる領域で今なおDEMIAが作動しており、こちらからは干渉出来なくとも僕の機能を補助している可能性が高い。
あるのか⋯⋯? DEMIAも、この星に。
「もしかして、そのDEMIAも近くにあるかもしれない⋯⋯のか!?」
「その可能性は否定できませんね。人間になった筈の僕自身では持ち得ない分析能力を行使出来ているので」
「うわぁ、それは見たい、絶対見たいじゃない! オーパーツどころではない超技術の塊、見てみたい! いや、見なければならない!」
思わず立ち上がって一通り興奮して見せたミシェリアは、僕の顔を見てから少し気まずそうに、小さく咳払いをしてから着席しなおした。羞恥の感情を確認。
「⋯⋯しかしなるほど、先程鉄機に触れて確認していたのはそういうことか。程度によるが、研究者としては羨ましい能力だな」
「機体時の物より大幅なスケールダウンがされているので、精々触れた物、視界に入った物を探査するのが限界です」
「それでも十分すぎるのでは⋯⋯?」
「またこの星でのみ発展した技術に関しては当然ですが情報が全く無いため、例えばそこの壁を構成する物質や、先程の鉄機の主な構成物質などは不明となっています」
「壁? ⋯⋯あー、なるほど。魔力が込められている物は知らないのか」
「魔力?」
データには無い物質、概念。以前マスターが面白いと語っていた創作の中には似た概念が存在したが⋯⋯。
「お、さすがの高度文明も魔力は知らなかったのか? ちょっとだけ優越感感じるじゃない。太古の昔に鉄機文明は滅んでしまったけど、代わりに新しく魔力を使う魔法で栄えているのが今の時代。魔法が無ければ成り立たない時代といっても過言じゃない」
「魔力はそんなに便利に利用できるのですか?」
僕がそう質問すればミシェリアはどう説明するか悩んだようで。
「んー、魔力その物に決まった形は無いけど、便利に使わせてもらってはいるね。空気中にも岩にも人にも、等しく魔力は含まれる。その魔力を使い魔法を行使するわけだ。どんな魔法かは使う人間次第だが⋯⋯使える魔法が違うだけで、魔法が使えない者は現状確認されていない」
「魔法は世界に普遍的に存在する魔力というリソースを使って行使する技術、という認識で合っていますか?」
「理解が早いな、その認識で問題ない」
「誰でも使えるのに使える魔法がその人間次第、とはどういうことでしょうか」
「それに関しては少し複雑なんだが、⋯⋯我々が『縁』と呼ぶ物が大きく関わっている」
「『縁』⋯⋯人と人との繋がりなどを意味する縁ですか?」
「語源はそこだとされているな。個人の魔法適正、使用可能魔法がその人、その家系に最も縁のある属性、系統に依ることからそう呼ばれるようになったらしい。農家なら植物や水を操ったり、筋力を伸ばしたり。騎士なら筋力以外にも剣の技術に補正をかける魔法が使えたりするらしいぞ」
『魔力』『魔法』『縁』。新たな情報、概念を記憶容量に保存完了。通常発展する技術を不要とするレベルで応用の効く要素だと認識。
また騎士、剣との単語から戦争における技術水準もまだ高くないと推測。
「理解しました。ではあの壁は建築関係の人間の魔法で作られた物質、ということですね?」
「その通りだ。通常建築用に使う石壁に魔力を込めると、強度が桁違いに上がるらしいぞ。まぁその鉄機に関しては壊れているし、そもそも魔力による物かももう解らんが⋯⋯」
僕は手に持っていた鉄機をテーブルに戻した。
改めて壁を視界に収めると、未登録の物質と認識される。 より詳しく確認する為、近寄って手で触れる。
データ更新中――
構成物質分析:
1.石灰岩
2.[データ未登録]
接触することで既知の石材になんらかの要素が混在していることが判明する。
物質解析からエネルギー解析に切り替え。
解析成功。新たにエネルギーとして登録完了。
エネルギー識別:魔力
使用素材:・石灰岩 ・魔力
「魔力の認識が完了しました」
「今のでか!?」
目を見開いてミシェリアが叫ぶ。僕は静かに頷いた。
「触れた物質に含まれる未知のエネルギーを観測し、同時に貴女の説明と照合した結果、情報の紐づけに成功しました。以後、この『魔力』を感知、記録、追跡可能です」
「⋯⋯じゃあ君、魔力そのものの動きが見えるようになったってこと? だとするならとんでもないぞ」
「おそらくそうです。ただし、行使する方法は知りません。観測は可能でも、操作は別問題ですから」
「なるほど⋯⋯じゃあせっかくだし――見せてあげようじゃない、私の魔法を」
外に繋がる扉を指で示すミシェリア。森で見せてくれるということだろう。
「ミシェリアの縁はどんな物でしょうか?」
「それは見てのお楽しみ、ってね? ⋯⋯名前呼ばれて気付いたけど、君の名前もあとで決めてあげないとね。好きに付けていいの?」
外に出る為か、ミシェリアは喋りながら白衣の上から黒い厚手のコートを羽織る。
「呼びやすい名前で呼んで頂いて構いません」
「じゃあ責任持っていい名前考えなきゃならんね」
言いながら、こちらにも濃い茶色のコートを投げ渡してくる。
「そのカッコだと一緒にいる私が捕まるからね、しっかり着込んでくれ。まぁこの辺の森は私の敷地だから平気だろうけど、一応ね」
現在着衣している装備は白い女性用のシャツ一枚のみ。外の森に出るなら肉体を保護する為にもコートはしっかりと装備する。やはりこの身体にとってはサイズが大きく、十分身体を守ることが出来そうだ。
「じゃあ行こうか。そんなに遠くに出ないから準備はこんなもんでいい」
そう言って、外につながる頑丈な鉄扉を開いた。
「了解しました。随伴します」
僕はその後ろに追従していく。この身体で起動してから初の屋外。
森の植生、生息する生物の進化度合い、大気の組成、そしてミシェリアの魔法。
得られる情報は全て記憶に新規保存する。
何故ならここは未開の星。既に魔力という新規エネルギーを確認しているように、既知の情報では測れない何かが他にあってもおかしくはないのだ。
そう考えると足取りに力が篭る。それがAIではなく人間としての反応だと、気付くのはずっと後だとしても。
僕も、少しずつ。極めて少しずつ、変化していた。
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