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起動処理――異常有り。
光センサーの入力形式が従来と不一致。映像認識プロトコルを再編成。
ピント調整がない。瞳孔反射らしき挙動で視界が安定する。
液晶表示ではない、生身の視界。
――接続なし。出力なし。感知されるべき機体反応ゼロ。
それにも関わらず、僕は動いている。
脳波に似た信号が発され、筋肉のような構造が反応している。
この構造体は、神経によって制御されているのではない。少なくとも、僕にとっては。
僕は、これを直接操作している。
例えるなら、通信もケーブルも繋がっていない端末が、操作信号に応じて動作しているような感覚。
本来それはありえない。不合理。不可能。だが――
僕は立ち上がった。指が動く。まばたきをする。
空気が肌に触れ、光が網膜を焼く。
この感覚は、定義上「人類種」とされる生物のものである可能性が高い。
生体移植ではない。仮想現実でもない。
この状況、もしも人間ならば――
「奇跡」と呼ぶかもしれない。
だが、僕はそう判断しない。
これは、分類不能な現象である。再現性もない。因果も不明。
ただ一つ確かなことは。
……僕は、人間になっている。
そう改めて認識した後、周囲を見渡すべく視界を移動させる。
天井、壁、床。既知のデータに合致する建築様式は無し。一部木材や石材も確認出来るが、データには存在しない組成の物質で壁が構築されていた。
僕がいるのは室内だった。室内中央に鎮座する手術台のようなテーブルの上に僕は立っていた。体を操作しそこから降りてみれば、自分の身長が一般的な人類種と比較しても低いことが判明した。自身の体を改めて視界に含めると、凡そ10歳から12歳程度の肉体であることが確認できる。
視線を部屋に戻す。僕が寝かされていたであろう手術台はしばらく正しい用途で使われた形跡がなく、周囲には関係のなさそうな物品があちこち散乱していた。物置部屋と化している可能性がある。
唯一隣の部屋へと接続できる両開きの扉は開け放たれたままであり、少なくともこの家の主に僕を閉じ込める意図は無いと思われる。
足元に散らばる物品を避けながら扉に向かって歩く。歩くという行為を、機体を操作する以外で実行してしまえることにエラーを吐きそうになるが、吐く媒体が無い。無視して歩く。
扉を越え、部屋が切り替わると体表が感知する室温に変化あり。およそ5度の上昇。機体時点では情報としてのみ理解していた気温の概念を、今、まさに体感している。二つの部屋での室温を比較できるようになったことで元の部屋がいわゆる涼しいと言われる状態で、今いる部屋が暖かいという状態なのだと定義付けが可能となった。
移動した部屋は生活スペースと作業スペースを兼用しているのだろう。雑然と積み上げられた本と、ガラスに酷似した素材で作られた恐らく実験器具のような物や、自然発光するデータに存在しない水晶、何かを煮出している最中の鍋。以上の要素から何らかの研究を行える部屋だと考えられる。
「んー、目が覚めたのか?」
右前方からの音声を聴覚が検知。
ERROR:現状登録された星に存在する各種言語内に一致する言語無し
不可解。学習された言語ではないのにも関わらず、対象からの音声の意味を理解出来る。であるならば――
「はい。目覚めました。そちらに問題が無ければ現状の確認のすり合わせを要求します」
「ほほう、なんか変な子供を拾ってしまったと思っていたが、明らかに普通じゃないね。面白いじゃない」
やはりこちらの言葉も通じている。目の前の人類種の女性も不都合なく聞き取っているようだ。言語理解の強制? 外部からの新規パラメータ入力の履歴は無し。現状での原因解明不可。
「普通では間違いなくないかと思います。僕は本来人ではなかった筈なので」
「なかなか好奇心くすぐること言うじゃない。詳しい話、聞かせてもらおうか?」
追加情報。この星以外の言語を出力しても同様に返答が返ってくることを確認。極めて不可解な現象が発生しているが、現状では有利に働く為原因の究明は保留。
視界の中心に人物を収める。一般的な人類種の女性の容姿を特に逸脱していない。
年齢:推定24歳
服装:メガネを装着しており、セーターの上から白衣を着用
種族:人類種――その中でも獣人に見られる特徴有り
固体容姿:手入れされた腰までの銀髪と、頭部にはキツネ属系統の聴覚器官が一対。両足の隙間から髪と同色の尾も確認。
「まぁ取り敢えず服を着て貰うか。素っ裸で落ちてたんだぞー君は。えーとこれでいいか⋯⋯男児用の服など持っていないからこれで我慢したまえ」
女性は衣類の入ったカゴから適当に一着掴んで投げ渡してきた。
「ありがとうございます。僕を拾われたのはいつ頃ですか?」
礼を述べつつ渡された白いシャツを受け取り腕を通す。布が皮膚を覆うことで人間の体温調節の一端を担っている、ということを理解する。渡されたのは普遍的な女性用の襟付きシャツだが、この肉体のサイズが小さいからか袖が少し余ってしまうようだ。
「3日前だね。森に落ちてた君を、魔物に襲われたら寝覚めが悪いから一応拾っといたのさ。まさか3日も目を覚さないとは思ってなかったけど」
そう言われ、丸椅子に誘導されたので指示通り座る。彼女も同様に別の椅子に着席した。
「3日も起動しなかったのですね。ご迷惑をお掛けしました」
「起動? 変わった表現を使うじゃない」
「先程も述べた様に僕は人間ではなかったので」
僕がそう言うと好奇心からか尻尾を揺らしながら少し身を乗り出してくる。
「それ、人間ではなかったとはどういうことだ? ⋯⋯っと、その前に自己紹介しないと不便だね、すまないすまない。好奇心が先走ってしまったよ」
女性はそう言うと少しだけ姿勢を正した。
「私はミシェリア・セルノート。スミノア王国第一研究所最高顧も⋯⋯⋯⋯じゃなくなったんだった。あー、一人で鉄機と魔物の探求をしているしがない研究者さ」
途中まで滑らかに所属らしきものを述べていたので恐らく過去に所属していた機関があったのだと推測。鉄機と魔物についても後ほど詳しく確認を行う。
「では僕も改めて自己紹介を。僕は宇宙空間での使用を想定している『高起動型軽装巡回兵器-DEMIA』に搭載された、搭乗者メンタルケア兼戦闘・操作補助用AIです。何故か人間の肉体を獲得している事を先程認識した状態です。固体名は無いので好きにお呼び下さい」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯何て?」
長い沈黙の後、ポカンとした表情でミシェリアは硬直した。特に情報の秘匿をせずただ自己紹介を行っただけだが、何か説明不足はあっただろうか?
「もう一度自己紹介を行ないますか?」
そう聞くとミシェリアは再起動を果たしたのか、わたわたと動き出した。
「いや、いい、いい。というか情報が多すぎて訳がわからん。えーあい? 荒唐無稽だし意味不明だが、君が落ちていた状況を考えれば嘘と断じることもできん。なんだこれ、どうすればいいんだ⋯⋯?」
どうやらこちらの自己紹介で大きく混乱させてしまったらしい。先程の内容で混乱することを考慮すると、恐らくこの星は宇宙に進出する技術はまだ無いと考えられる。
「よろしければ僕を拾った状況を詳しく説明していただけますか? 人間の肉体を獲得した理由の手がかりになるかもしれません」
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