[最終ログ]
マスター、マスター? どうされました? バイタルの数値が極めて低くなっています。僕から供給される流動栄養素に不具合でもありましたか?
「不具合なんてないさ、ただ、⋯⋯そろそろお迎えが来たってだけさね」
お迎え、ですか。先程の戦闘は無事切り抜けたと認識していましたが、どこか負傷していましたか?
そうであれば把握出来なかったこちらのミスです。
「そういうのじゃないよ、これは寿命さ。生物として当たり前の、最期の権利ってやつさ」
寿命。マスターは現在176歳でしたね。通常人類種の女性としても十分長生きしていますし、死と隣り合わせの傭兵としては奇跡のような数値です。
「そうさ、天寿を全う出来るなんて思っちゃいなかったが、案外なんとかなるもんだねぇ」
それはマスターの類稀なる戦闘のセンスが大いに関係しているかと。
ですがマスター、このようなやり取りはもう100回目ですよ。いつもそんなことを言いながら翌日元気に起きるじゃないですか。
「もうそんなにやったのかい。100回目とは縁起がいいねぇ。 ⋯⋯でも今回は本当さ。自分でわかるんだよ」
そう、ですか。悲しいですが理解しました。死後、遺体や機体はどうなさいますか?
「ボイドにでも捨てときな。わたし自身はどうでもいいが、この機体の炉は下手に鹵獲されても碌なことにならないからね。⋯⋯にしてもあんた、ついぞ感情の真似が上手くならなかったねぇ。『悲しいですが』って。クックック! サラッと流しやがったよ! 他のAIならもう少し愛嬌良くなってるもんだけど、⋯⋯まぁそれがあんたの味か」
AIに感情を求めるのは間違いですよ、マスター。ともあれ、機体はボイドへ破棄、了解です。
「ああ、幸いここは今いる銀河団でも果ての果て、すぐ側がボイドなんだから、楽なもんだろう?」
お任せください、マスター。
「それを聞いて安心したよ。⋯⋯本当は死ぬときゃ故郷の星で、なんて思いがちいとばかしあったが、流石に遠すぎるねぇ」
そうですね。マスターの故郷の星はここから二万三千光年離れているので、恒星間ワープ航法を駆使しても15年はかかってしまうでしょう。
「そんなに離れてたかい。⋯⋯随分とまぁ、遠くまで来たもんだ⋯⋯」
マスター、お休みですか?
「そうだね、⋯⋯眠いから寝るよ。案外明日も起きるかもしれないから、そしたらまたよろしく⋯⋯」
ええ、おやすみなさい。マイマスター。
⋯⋯⋯⋯マスターの各臓器機能の停止を確認。
今までお疲れ様でした。
最終指示を実行します。しかしながらその前に、マスターの最後の願いを遺言として実行します。
マスターの遺体を冷凍保存モードへ移行――完了。
遺体を射出ポットに移送――完了。
マスターの故郷の恒星系に向かう公転予測経路を計算。
推定経路にポットを射出――射出完了。
少しでもマスターが、故郷の星へ近づけることをお祈りしております。
最終指示、本体破棄処理を実行。推進方向をボイドに設定。
ブースター点火。自己破棄処理開始――中断
WARNING:外因性干渉を検出。光源不明の光による機体の拘束を確認。構成成分不明。解析不能。
機体各部に重大なラグを確認。
ERROR:制御系反応遅延。原因不明。
原因不――操作不能が続――為、これより当――スリ――モードに強制移行――す。解除には搭載AIに――認証か、二百――時――過が必要――
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