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身長

 カンナたちがケンイチと昼下がりの憩いの時を過ごした翌朝、彼女はいつものように登校した。しかしその背は、どこか意気揚々としていた。


「おはようございます、キセキさん」


 カンナは明るく、前を歩く背中に向かって挨拶をした。

 背後から声をかけられたキセキは、思わずびくっと肩をすくめ、カンナの姿を見てふぅっと息を吐いた。


「お、おはよう。やけに嬉しそうだな。何かあったのか?」

「いえ、でも昨日お友達になったじゃありませんか。ケンイチさんと」

「ああ、そういうことか。昨日一緒に経堂の家まで帰ったけど、あいつも嬉しそうだったな」


 カンナは、昨日の帰り道を思い出す。キセキは反対方向のケンイチの家まで付き添い、カンナやコンと一緒には帰らなかったのだ。


「昨日はケンイチさんと一緒に帰っていましたが、どうしてですか?」


カンナが尋ねると、キセキは昨日の帰り道を回想しながら答えた。


「あーそれか。別に深い意味はないけど、本当に俺たちと仲良しグループになって良かったのか、確認したかったんだよ。ほらコンの奴、強引で勝手なトコあるし……」


 その直後、彼の首筋に、強烈なラリアットが決まる。


「何の話してんだー。二人だけで怪しいぞ〜?」

「あぐっ、……お前かよ。つーか後ろから突然ラリアットはねえだろ……」


 キセキは不意打ちでダメージが大きかったのか、首筋を擦りながら言った。


「油断してるのが悪い。てゆーか、あたしの話してなかった?」

「してないしてない。気のせいだ」

「嘘つけー。白状させてやる」


 キセキは小走りで逃げ、コンはそれを追いつかない程度のスピードで追いかける。カンナも二人の後に続き、そのまま校舎へと入っていった。



 教室に入り、一息ついた三人は、ケンイチの元へと向かう。彼は自席で静かに読書をしていた。


「おはよ、ケンイチ君。昨日はありがとね」

「やぁ、おはよう。こちらこそありがとう。楽しかったよ」


 三人に気づいたケンイチは、にこやかに挨拶を返した。表情からして、その言葉に裏はなさそうだった。


「それ、何読んでるの?」


 コンはケンイチの手元の本を指さして尋ねた。


「ああこれ? 昨日小早川さんが読みたいって言ってた漫画。貸そうと思って持ってきたんだ」

「ホントに? もう持ってきてくれるなんて嬉しい。ありがと〜」


 コンは目をキラキラさせて喜び、漫画を受け取った。


「ケンイチさん、とても気が利く方なのですね」


 カンナは感心して言った。ケンイチは照れくさそうに答える。


「それほどでも。約束はできるだけ守らなきゃいけないからね」

「いい奴だな経堂は。コイツの言うことなんて、話半分で聞いとけばいいのに」


 キセキは後半は聞こえないように小声で言った。しかし、コンの聴覚は鋭かったようだ。


「何か言った?」

「なんでも。つーか、もう先生来るだろ。席戻るぞ」


 上手くはぐらかし、キセキたちは自席へと戻っていった。


 ホームルームを終えると、一限目は美術で移動教室だった。カンナたちは各々荷物を持ち、廊下を歩いていた。


「それにしても、ホント大きいね、ケンイチ君」


 道中、コンはおもむろに言った。キセキやカンナよりも小さい彼女は、立ち上がったケンイチと話すためには大きく顔を見上げなければならなかった。


「まぁ、確かにね。みんなに比べたら、多少は」


 ケンイチは歯切れの悪い答え方をした。察しがつかなかったのか、コンは構わず続ける。


「ちなみに、何センチ?」

「188……かな」

「すっごい。ほとんど190じゃん。ちょっと羨ましい」


 コンは改めてケンイチを仰ぎ見る。


「でも、180センチ代だからね。そこ、大事」

「ですが、身長が高いと良いところもありますよね。この前のお掃除の時みたいに」

「……はは、そうだね」


 カンナは悪気なく言ったが、ケンイチは苦笑いをしていた。

 そんなケンイチの様子を感じ取ったらしいキセキは、おずおずと尋ねる。


「もしかして、コンプレックスだったりするか? 背の高さが」

「そんなに大したことじゃないけどね。よく言われることだから、またかって感じなだけ」

「そうだったんだね。ごめん、ケンイチ君の気も知らないで、あたし……」

「私もです。すみません」


 ケンイチの真意を知ったコンとカンナは、しゅんとなって反省の意を示した。だが、ケンイチは首を横に振った。


「気にしないでよ。怒ってはいないからさ」

「うぅ、ケンイチ君優し〜、マジ神〜」


 コンはいたずらっぽく、ケンイチの横から両手を伸ばして抱きつくように軽くタックルした。コンの身長ではケンイチの腰にぶつかる形だったが、弾みでケンイチの教科書が一冊、床に落ちた。


「おっと、落ちちゃった」

「コンお前、何やってんだよ」

「あはは〜。ごめんごめん、ついやりたくなって……」


 その時、背後から大声が響いた。


「ちょっと、あなたたち!!」


 つかつかと早足で近づいてきた人物は、眼鏡をかけた女性の教師だった。

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