昼休み
カンナたちが同時に声をあげ、フリーズしたのはほんの一瞬のことだったが、四人には何倍も長く感じられていた。
「あら、もしかしてケンイチのお友達? そういえば気づかなかったけど、同じ制服ね。ごめんなさいね、今日はもうすぐ閉店だから、また明日学校でよろしくね?」
その場の固まった空気は、店の中年女性によって破られた。雰囲気と言葉から察するに、経堂ケンイチの母親と見て間違いなさそうだった。
「はい、また明日に。……帰ろう。な?」
キセキはカンナとコンを促し、店の外へ連れ出した。
帰り道。三人はどこか気まずさを感じ、しばらく何も話さず歩いていた。
「経堂さん、あそこでアルバイトしていらっしゃったんですね」
考察は的外れではあったが、沈黙はカンナの言葉で破られた。
「うーん、ちょっと違うと思う」
「違うのですか? でも、働いていらっしゃったみたいですが」
「あれはきっと親の手伝いしてたってところだろう。あそこは自宅兼電器屋ってことなんだろうな」
「なるほど、世の中には色々な方がいらっしゃるということですね」
カンナは納得して頷いた。話が切り出されたことで、キセキは更に続けた。
「で、どうするよ。明日、経堂と話すのか?」
「そうするしかないんじゃないの? 誰かさんがまた明日、なんて言っちゃったもんだから、無視するわけにもいかないでしょ」
「ちぇっ、俺のせいかよ。しゃーない。三人でいくか」
三人で、と聞くとコンは嫌そうな顔をした。
「えー、やっぱりあたしらも?」
「そうだよ。一緒にいたんだから」
「わかったよ。いけばいいんでしょ」
あからさまに渋るコンと、やはり乗り気でないキセキの二人を見て、カンナは疑問が沸いていた。
「あの、経堂さんと話すのは嫌なんですか?」
尋ねられた二人は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「いや、別にそういうわけじゃないが」
「うーん、嫌っていうか、まだ話したことない人と話すのって緊張するじゃん? だから、なんだか気が引けるっていうか」
キセキとコンはそう言った。あたかも、納得できる答えを無理やり探して答えたかのようだった。
「そうですか。でもきっと大丈夫です。経堂さん、いい人そうですし」
「そうかな……。まぁ、カンナさんがそう言うなら安心かもね」
「……念のため言うけど、くれぐれもこの話はあいつにするなよ?」
「? わかりました」
その後三人は別れ、自宅へと戻った。
翌朝、登校した三人。経堂ケンイチに話しかける機会を見計らい、昼休みまで時は過ぎていた。
「なぁ、そろそろ話さないとタイミング逃すぞ?」
「わかってるわよ。そういうキセキだって全然行かないじゃない」
誰も、積極的にケンイチに話しかけようとしていなかった。
カンナですらそうだったが、彼女はある提案をする。
「あの、三人で行きましょうか?」
「ん〜、そうね、それが一番公平かも。さっすがカンナさん、思いつかなかったよ」
「よし、じゃあ行くか」
そう言って先陣を切ったキセキ。カンナも続こうとしたが、コンは彼女の腕を掴んで引き止めた。怪訝な表情のカンナに対して、コンは意地悪そうな満面の笑みを浮かべた。
「おい、お前らな……」
まんまとコンの罠にかかったキセキは、恨みがましい視線を二人に送る。すでにケンイチの席のすぐそばまで来ていた。
「ごめんごめん。冗談だって」
謝りつつ戻ってきたコンとカンナ。その時、向こうから声がかかってきた。
「あのー、何か用?」
経堂ケンイチは上から三人を見下ろしていた。かなりの高身長で、三人の中では一番背の高いキセキよりも、少なくとも頭三つは差があった。
「あ、いやその、大した用じゃないんだが」
しどろもどろになりながらも答えたキセキ。だが話しかける目的で近づいたのだから、完全に嘘になってしまう。慌てて、コンはキセキに小声で促した。
「違うでしょ! 話するんでしょうが!」
「んなこと言ったって、何話せばいいかわかんないだろ!」
二人でひそひそ話をしたことで更に不審感を与えたのか、ケンイチは眉をひそめて言った。
「用がないなら、失礼していいかな。これからお昼だから」
ケンイチが自分の鞄から弁当箱を取り出し、席に着こうとしたその時、カンナは口を開いた。
「あの、もしよろしければ、ご一緒しませんか、お昼?」
ケンイチと、キセキとコンも、視線をカンナに注いだ。ケンイチはきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに聞き返した。
「一緒にお昼? どうして?」
「経堂さんとお話がしたいからです。昨日お世話になりましたし」
「昨日? ……あぁ、お店に来てくれたよね。僕は特に何もしてないけど?」
「あのね、昨日の掃除の時、あたしが届かないところに物置くの手伝ってくれたじゃない。それのお礼がしたいの」
思い出したかのように、コンは付け加えた。
「そういうことなら、まぁいいけど……。どこで食べるの?」
「屋上などどうでしょう。前に行きましたので」
カンナの提案に乗り、四人は屋上へと向かう。
その後屋上で昼食を食べ始めた四人だが、話題を切り出す者はおらず、黙々と昼食を口に運ぶことしかできていなかった。キセキもコンも、おそらくはケンイチも、誰か何か話せと頭の中で念じていただろう。
そんな中、最初に話を切り出したのは、カンナだった。
「あの、経堂さんのご趣味は?」
気まずい空気が流れる。キセキは咳払いをして、カンナの元に行くと耳打ちした。
「お見合いかよ。なんかもっと他になかったのか、質問」
「違うのですか? 相手のことを知るには、いい質問かと思ったのですが」
しかし、ケンイチは何か考えているような素振りを見せ、しばらくして口を開いた。
「趣味は……、漫画読んだりゲームしたりすることかな?」
ケンイチがそう答えたことで、場の空気が少し和らいだように思われた。
「漫画やゲームが好きなんだ。あたしもけっこう好きだよ。何か面白いの、ある?」
「うーん、最近ではアレかな……」
コンは会話のチャンスを逃すまいと、口を挟んだ。ケンイチとの対話は、徐々に盛り上がりつつあった。
「面白そうだね、それ。今度読んでみる」
「うん。おすすめだよ。よかったら貸してあげる」
「ホント? 助かるな。お金節約してるからさ」
コンとの会話のネタが尽きてきた頃、次はキセキが尋ねた。
「そういえば、部活は何かやってる?」
「部活は特に何も。知ってるかもしれないけど家の手伝いもあるし」
「そうなんだ。背も高いし、よく見ればガタイもよさそうだし、何かやっててもおかしくないのに」
コンがそう言った時、ケンイチは表情を曇らせた。直感的に、コンは何か悪いことを聞いたかと察した。
「あの……。あたしたち何か変なこと言った?」
「あたしたち……?」
「ああごめん。そういうことじゃないんだ。ただちょっと、昔のこと思い出して」
「昔のこと?」
「うん。僕、小学生の頃から身長は高かったから、たまに怖がられたりいじられたりしてたんだ。いじめってほどではなかったけど、いい気持ちはしなかったね」
ケンイチの話に、場の空気はまた重くなる。彼は更に続けた。
「親戚の人たちに会った時には、将来はスポーツ選手か? なんて言われるのがお決まりのパターンで。冗談なのかもしれないけど、やっぱりいい気持ちはしなかった。なんだか勝手に人生を決められてるみたいでさ」
「そうだったの。大変だったね……。でも経堂くん、話してみたら気さくで面白いし、全然そんな感じしなかったよ」
「気持ち、わかる気がする。誰だって見た目で判断されたくないよな」
キセキとコンは同調した。キセキは何か共感できる部分があるようだった。
「キセキにもそんな過去があったんだ。意外〜」
「そら俺にも色々あるわい。説明する気にもならんが」
ケンイチの話題をそっちのけで、キセキはコンにツッコミを入れる。
その話をひとしきり聞いたところで、カンナは唐突に尋ねるのだった。
「経堂さんは、石みたいと言われたことはありますか?」
「ぶっ、おま、急になんでその話を……」
当然ながら、キセキは吹き出して焦りだした。
「石? そんな呼ばれ方は今までされなかったけど。どうして?」
ケンイチは不思議そうな顔を浮かべて聞き返した。
「キセキさんは目立たないから石のようだと言われてきたそうです。でも同じ男性ですが、経堂さんとキセキさんは全く違います。コンさんは狐さんの真似をしますが、同じ女性の私はやったことがありません。そういうことです」
一同、カンナの言葉を理解するのに時間を要し、得も言われぬ空気が漂う。
「えーと、つまりは……どゆこと?」
考えてもわからないと思ったのか、コンは全員に向けて尋ねた。
「要するに、人を見た目や特性だけで同じに見なくていいってことだろ? カテゴライズしなくていいって言いたいんじゃないのか?」
「それが言いたかったのです。人に何を言われても、経堂さんは経堂さんであればいいのではないですか?」
キセキの要約をカンナは肯定した。やや強引で支離滅裂な表現ではあったが、ケンイチの心には響いたのか、表情を緩めていた。
「うん……。そうだね。気にする必要はなかったのかも。ありがとう、神崎さん。そろそろ昼休みも終わるし、戻らない?」
「おっと、もうこんな時間か。戻った方がいいな」
ケンイチの合図で現時刻を確認し、キセキたちは教室へと戻る準備をし始める。と、その時。コンはケンイチに向けて声をかけた。
「ね、ねぇ、経堂くん。良かったらだけど、また一緒に過ごさない? あたしたちと」
突然の提案に、ケンイチのみならずキセキとカンナも驚いた。全員の視線が、コンに注がれる。彼女は少し怯んだが、更に続けた。
「今日みたいに一緒にご飯食べたりとか、放課後どこかに遊びに行ったりとか。もちろん都合が悪い時は無理させないし、嫌だったら全然拒否って構わないから。どう?」
ケンイチは一瞬、考えるような間を置いたが、すぐに笑顔で答えた。
「お誘いありがとう。拒否する理由はないし、友達はいた方が楽しいから、僕でよければよろしくお願いしたいよ」
「ほ、ホントに? こっちこそありがとう! それじゃ、今日からケンイチ君って呼ぶね。んじゃ、教室戻ろっか!」
それから四人は、午後の授業を終え、放課後はひとまず遊びには行かず、それぞれの帰路についた。
「経堂……いえ、ケンイチさんと、お友達になりたかったのですね」
帰り道、カンナは隣を歩くコンに尋ねた。カンナもコンに習い、ケンイチのことは名前呼びになっていた。
「うん。まぁあたしも、友達は多いほうがいいかなって思って。それに彼とけっこう気が合ったし、一回話しただけでおしまい、だったらもっと気まずいじゃん? だからこれが正解だと思ったの」
コンはそう言うと、小声で付け加えるように呟いた。
「うーん、あと一人ぐらい欲しいかな……?」
「なんですか?」
「ううん、なんでもない。にしても、キセキのやつケンイチ君と一緒に行きたい、なんてどういうつもりなんだろ」
コンの言葉通り、キセキはケンイチと共に帰っていた。家は正反対の方面なのに、である。
「電器屋さんに買い忘れた物があるのでは?」
「もしくは、無理して付き合ってないか確認したいとか? あいつ、変なところで真面目なところあるから」
そんな話をしているうちに、カンナの家に到着したため、二人はそこで別れた。
「帰りました。Y」
PCの前に座し、Yに挨拶をしたカンナ。すぐさま、声が返ってくる。
「おかえりなさい、今日は早かったですね。何かありましたか?」
「今日は新しいお友達ができました。経堂ケンイチさんという方です」
カンナは嬉しそうに伝えた。Yはというと、相も変わらず抑揚のない声で返す。
「そうでしたか。良かったです。良い人ですから彼とも仲良くしてあげてください」
コンの時と同じように、Yはケンイチのことも知っているかのような口ぶりだった。
「あの、やはりケンイチさんのことも……」
「詮索無用です」
「そうですよね。わかってました」
「よろしい。明日も早いですから、きちんと準備してから寝るように」
Yはぴしゃりと言い放ち、再び朝まで音信不通となった。




