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放課後

 学校を出て、高校生の放課後を体験したいと意気込むカンナと、遊びを提案したコン、そして二人を心配してついてきたキセキの三人は、町の中心へと向けて歩いていた。


 三人の暮らす花暁町は比較的自然が豊かではあったが、近年になってファストフード店やレストラン、カラオケボックスやゲームセンターなどが建ち並び、その一方で昔ながらの電器屋や八百屋、喫茶店なども点在し、老若男女が楽しめる町となりつつあった。


「で、まずはどこ行こっか?」


 コンは人々が賑わってきた頃に振り返り、二人に尋ねた。大した計画がなかったのは明白だ。


「何も考えてなかったのかよ」

「しょうがないでしょ〜。だって、神崎さんココ来るの初めてだろうし。どこ行きたいかわかんないもん」


 呆れぎみに突っ込むキセキに、腰に手を当てたポーズで反論するコン。またしても二人の会話に置いていかれそうになったカンナは、今度は口を挟もうとした。


「私は、どちらでも構いません。小早川さんとキセキさんにお任せします」

「う~ん、それだと逆に困るかなぁ」

「ま、こういう時はファミレスが無難じゃね? ゆっくり話もできるしな」

「そだね。キセキ、たまにはいいことゆうじゃん」

「たまにはは余計だ。んじゃ、行くぞ」


 三人は足並みを揃えてファミレスへと向かう。



 時間は夕方のためか、店内は空いていた。サラリーマン風の男性や別の高校と思しき学生がちらほらいるくらいである。

 三人はテーブル席にしてカンナの隣にコンが座り、向かい側にキセキが座った。そしてそれぞれ注文し、ドリンクバーも三人分頼んだ。


「ん〜、授業終わりの一杯サイコー。神崎さんも遠慮しないで飲みなよ。元取んなきゃ」


 注がれたオレンジジュースをイッキ飲みし、至福のひと時を楽しむコン。そんな彼女を、キセキは冷めた目で見ていた。


「オヤジかお前は。つーかちゃんと授業聴いてたのかよ。またノート見せてって泣きついてくるのは御免だからな」

「だーいじょうぶだよぉ。まだ始まったばっかだし。今年は厄介にならないから。ね?」


 コンは小首を傾げてストローをくわえた。もうほとんどグラスにはジュースは入っていない。


「中学の時にもそんなこと言ってたよな。いい加減俺はうんざりだっての。だいたい、昔からコンは……」

「あっ、もう飲み物なくなっちゃった。ちょっと取ってくる! ついでにトイレも!」


 コンはキセキの説教を都合よく回避し、席を離れた。


 キセキはやれやれといった具合にため息をつき、脱力してガクリと項垂れた。


「大丈夫ですか?」

「問題ない。いつもあいつはああだから」


 キセキを気遣うカンナは、そっと声をかける。キセキは彼女の方を見ずに答えた。


「あいつ、コンはな、勉強嫌いなんだ、昔から」


 キセキは聞かれるわけでもなく話し始めた。


「小学校の時から人懐っこい奴で男女問わず友達がたくさんいてな。俺とは正反対だった。とにかく元気な奴だけど、その一方であまり勉強は得意じゃないようで、その頃からわからない所は教えてやってたな」


 キセキの話を聴くカンナは、そこで疑問に思っていたことを尋ねる。


「そうだったのですね。そういえば、小早川さんが昨日一昨日と姿が見えなかった理由は何なのですか?」

「それはな、始業式の日は単純に休みで、翌日は朝から保健室に行ってたかららしい。あいつ、一年の時も休みがちでな。単位も危ういと卒業に響くから、途中からは頑張ってたようだ。でも二年に上がってまた休み続きで、俺も内心心配してんだ、実は」

「なるほど。キセキさんは小早川さんのことをよく理解してらっしゃるのですね」


 カンナは深く頷きながらドリンクに口を運ぶ。キセキは何か言いたげだったが、その時コンが戻ってきたため話すのを止めたのだった。



 ファミレスでの食事を終えた三人は、次はカラオケボックスへと向かった。当然、カンナには記憶の中では初めての体験である。


 指定の部屋へと入り、今度はキセキがトイレへ行ったため、カンナとコンの二人きりになった。


「ねぇねぇ神崎さん」


 会って間もない関係にも関わらず、コンはカンナに積極的に話しかける。


「なんでしょう?」

「神崎さんはキセキのこと、どう思ってる感じ?」


 予想だにしない質問に、カンナは戸惑った。


「どう……とは?」

「そのままの意味。あいつの第一印象とか、人柄についてとか」


 コンは真っ直ぐカンナを見つめている。互いの瞳に自分の姿が映っているのが見えるほど、その時は見つめ合っていた。


「キセキさんは親切で、優しい方です。あとは……。そうそう、存在感がないと自分でおっしゃってました。ご自身を石だとか……」

「おけ。それを聞いて安心した。ありがとね」


 コンは勝手に質問を切り上げた。カンナは怪訝な表情でコンを見つめたままだった。


「あの、今の質問はどういう意味だったのですか?」

「別に深い意味はないよ。ただ、言った通りあいつは地味で目立たないからさ。一緒にいるとめーわくなんじゃないかなって思って」


 コンは足をブラブラさせ、カンナから顔を背けて話した。しかしカンナはまだ言葉の真意を理解できていない様子だった。


「迷惑、ですか?」

「そ。あいつの傍にいるとさ、一緒に忘れられることなんかもあったから、大変なの。さっきのファミレスでも、みんなの料理来るまで時間かかってたでしょ? あれきっと途中まで忘れられてたのよ。ま、付き合いも長いとそんなこともけっこうあるから、もう慣れてんだけどね」


 そこでコンは足のブラブラを止めて、カンナに向き直って話し出した。


「だから、キセキのそういうとこ知らずに知り合うと苦労するかもってこと。わかってるんならいいんだ。それだけ」


 二人の間に、得も言われぬ空気が漂う。カンナはコンの話を整理していた。


「ええと、もしかしてですが、私のためを思って聞いてくださったのですか?」

「んー、まぁそんなとこかな。ほら、せっかく知り合ったクラスメイトが苦労したら可哀想だし」

「ありがとうございます。でも、私のことはお気になさらず。こちらの意思でキセキさんとお友達になったのですから」


 こちらの、とカンナがわざわざ言ったのは、元々はYの言葉に従ってキセキと知り合ったためであった。だが、コンは特に訝しむことはなかった。


「そっか。そんならいいんだ。ゴメンね変な質問して」


 その時、キセキが部屋に帰った。ちょうど会話が終わるのを見越したかのようなタイミングだった。


「ふぅ、戻ったぞ」

「ずいぶん遅かったね。どしたの? 大?」

「違う。……エレベーターに一緒に乗ってたカップルがな、俺に気づかず閉ボタン押したんだ。おかげで戻るのに時間かかった」


 キセキはくたびれた様子でドサッと座席に着いた。


「あ〜。……ね? こういう奴なの」

「なるほど。これが石ということなのですね」


 コンはカンナに耳打ちし、カンナはひとり納得した。


「何の話だ?」

「なんでもなーい。さ、歌お歌お」


 誤魔化すように、コンは曲を予約し始めた。



 それから二時間、カンナたちはカラオケを楽しんだ。カラオケボックスを出ると、自宅へ向けて歩き出した。


「楽しかったね。神崎さん、ほとんど歌わなかったけど」


 帰りの道すがら、コンは明るい声で言った。目覚めたばかりで過去の記憶のないカンナは、知っている曲もほとんどなかったのである。


「すみません、流行りの歌はあまり知らないもので」

「そうなんだ。でも、綺麗な声してるしきっと歌も上手なんだろうな。また今度聴かせてね?」

「はい。そのうちに」


 親しげにカンナと話すコン。今日一日で、かなり距離を縮めていた。


「今日は付き合ってくれて悪かったな。グイグイ来られてしんどかったろ?」


 キセキがカンナにそう言ったのは、詫びの気持ちもあってのことだった。昔からコンの性格を知る彼には、絡まれた側の気持ちがわかるようだった。


「あ~、キセキそれどういう意味!? あたしと遊ぶのが地獄だって言いたいの?」

「そこまで言ってないだろ。……いててっ、やめろって」


 コンはキセキの体を小突きながら追い回した。遠巻きに二人のやり取りを見ていたカンナは、慌てて止めに入った。


「あの、私は大丈夫ですので、その辺に」

「ホント? それならいいんだ」


 コンは追い回すのを止めた。


「今日はとても楽しかったです。お二人のこともよく理解できましたし。有意義な時間でした」

「あたしたちのこと? どんな風に?」


 コンは興味をそそられ、カンナの言葉に耳を傾ける。

 カンナは少し考えた。一番ふさわしい言葉を探しているようだ。



「ええと、こういう場合は何と言えばいいのでしょうか。……そうです、"相思相愛"ですね」



 一瞬、ポカンとした表情で固まるキセキとコン。先に反応したのは、キセキだった。


「ぶはっ、……い、意味わかってんのか、神崎?」

「ええ。お互いのことを深く理解しているので、そうではないかと」

「いやいや、意味違うって。だいたいこいつとはただの友達で……」


 必死に訂正をするキセキ。コンはその間、ずっと固まったままだったが、不意に笑い出した。


「ぷっ、あははっ、面白いな神崎さん。違うよ〜。キセキとはただの幼馴染で、そんな関係じゃないって」

「違うのですか?」

「違う違う。勘違いもいいとこだよ。あ~面白……」


 コンは笑いすぎたのか、涙目になっていた。しばらく後ろを向いていたが、振り返ると意を決したように宣言した。


「よし、決めた。神崎さんともっと仲良くなりたい。これからも、遊んだりお話ししたりしてもいい?」

「もちろんです。私も、小早川さんと仲良くしたいです」

「やった。それじゃ、これからはカンナさんって呼んでいいかな? あたしのこともコンって呼んでよ」

「わかりました。よろしくお願いします、コンさん」

「こちらこそ。改めてよろしくね、カンナさん!」


 その後、二人と別れて先に帰宅したカンナ。今日の出来事をYに報告しようと、PCの前に座った。


「ただいま帰りました」


 カンナが声をかけると、PCからYの声が聞こえてきた。


「おかえりなさい。本日はいかがでしたか?」

「新しいお友達ができました。小早川コンさんといいまして、とても明るく楽しい方です」

「そうですか。それは結構。仲良くしてあげてください」


 やや素っ気ない反応をしたY。カンナは何か引っかかった。


「あなたは、コンさんをご存じなのですか?」

「いえ、そのようなことはありません」

「でも、キセキさんのことは知ってましたよね? でしたら、コンさんのことも……」

「余計な詮索は無用です。早く明日の用意をして寝なさい」


 そう言うとYは、その日は何も反応しなくなった。

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