コン
神崎カンナはこの日も朝早く起床し、身支度を整え、家を出る前にPCの前に座るとYに声をかけた。
「おはようございます。学校、行ってきますね」
カンナの明るい声に、Yは反応する。
「おはようございます。今日も元気ですね。何か、学校で嫌なことはありませんでしたか?」
「いえ、何も。楽しくて面白いことばかりで飽きません」
カンナはピュアな返事をする。学校での出来事を知らないはずのYは、彼女の言葉を信じているようだった。
「それなら問題ありません。では気を付けて行ってください。車にも、人にもですよ」
「はい、行って参ります」
カンナは鞄を掴み、Yを残して外へと出た。
教室へ到着したカンナは、その日はそこで初めてキセキと遭遇した。前日は登校中に出会い、一緒に校舎に入っていた。
「よっ、神崎」
「おはようございます、キセキさん。今日は通学路でお見かけしませんでしたね」
「ああ、今日は当番の仕事があったからな。お先に行かせてもらった」
「そうだったのですか。ご自身のお仕事を全うされて、偉いですね」
カンナは席に着きながら、母親か何かのようにキセキを労った。
「そこまで言われることか……? そんなもん、誰だってやってるし……」
と、その時。キセキの背後から棒状の物が振り下ろされた。キセキの脳天に命中し、パコンという乾いた音を響かせたそれは、丸めたノートだった。
「あだっ」
「え、何ですか?」
困惑する二人をよそに、ノートの持ち主は無邪気な笑い声をあげていた。
「なははは、隙ありぃキセキ!」
声の主は明るい茶髪をツインテールにした女子学生だった。丸めたノートはさながら侍のように両手で持って構えている。
「しまった、油断してたか」
「本当だよ。隙だらけだったもん。まさか、編入生さんに夢中だったとか?」
「そんなわけねぇだろ。ただ、ちょっと話してただけで……」
「怪しいぞ〜。これはもしかすると、もしかするかも?」
「何想像してんだ。俺はな……」
カンナをそっちのけに、会話を続ける二人。彼女だけはますます困惑するのだった。
「あの、お二人とも……」
おずおずと声をかけたカンナ。女子学生は思い出したようにカンナの方を向いた。
「あ、ゴメンね。置いてけぼりにしちゃって。自己紹介まだだったよね。あたし、小早川コン。同じクラスだよね。よろしくねんっ」
小早川コンは手で狐の顔を作り、自分の顔の横に持ってきて独特のポーズをとった。
カンナは色々な質問が浮かんだが、一番最初に気になったことをコンに尋ねた。
「それは、何ですか?」
「これ? キツネ。あたし、下の名前がコンだから、写真とか撮る時はこういうポーズにしてんだ。可愛いでしょ? コンコンっ」
そう言いながら、コンはもう一度そのポーズをとった。
「こいつ、俺の幼馴染でな。小中高と一緒の学校なんだ。二年になってクラスまで一緒になるとは思わなかったけど」
「一年の時は違ったもんね〜。おかげで、退屈な毎日だったよ。あんたがいないとつまんないし」
「俺はお前の玩具じゃねぇっての。それに、ちょくちょく俺の教室に来てたじゃんか」
「ま、確かに。だってマジで退屈だったんだもーん」
再び、カンナを置いて会話に花咲かせる二人。気づいた時には、授業開始直前だった。
「あ、ヤバいもうこんな時間。またあとで話そ、神崎さんも!」
そう言い残し、コンは自席へと戻っていった。
「嵐のような奴だったろ? ああいう奴なんだ。昔から」
「仲がよろしいんですね。楽しそうにお話してらっしゃいましたし」
「そう思うか? あいつとは付き合い長いからよくわかんね」
始業開始のチャイムが鳴り、生徒たちは続々と着席していく。
「そういえば、小早川さんとは初めてお会いした気がします。一昨日と昨日と学校はありましたが、いらっしゃいましたか?」
カンナはふと思い出して、キセキに尋ねた。
「ああ、それはな……」
キセキは答えようとしたが、ちょうど担任が入ってきたため、口を閉じた。
それから午前の授業、昼休み、午後の授業をこなし、あっという間に下校の時間となった。帰宅部であるキセキとカンナは帰り支度をし、教室を出ようとする。
「ちょっと待って、二人とも」
二人を呼び止める声がした。小早川コンである。彼女も帰り支度をしていた。
「どうした? お前も一緒に帰んのか?」
「半分正解。だけど、帰る前にちょっと遊んでこーよ、ね?」
コンはカンナに向き直ると、彼女にも尋ねた。
「神崎さんもどう? 予定あるなら無理させないけど」
「行きたいです。高校生の放課後というものを体験してみたいですし」
これまでは、学校が終わったらほとんど直帰だったカンナは、寄り道などしたことが(記憶の中では)なかった。高校生の遊びというものには興味があったのである。
「あは、何それ変わってるね。いいよ、一緒に行こ。キセキは?」
「仕方ない。俺も行くよ。なんか、二人だけにすると心配だからな」
「何よ心配って。まぁいいや。それじゃ、しゅっぱーつ」
カンナ、キセキ、コンの三人は、揃って学校を後にした。