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 無事に編入を済ませた神崎カンナ。彼女の周りには、自然に同クラスの生徒たちの群がりが出来ていた。


「神崎さん、よろしく〜。仲良くしよ〜!」

「彼氏いる? ゼッタイいるよね。こんなに美人なんだもん」

「ハーフ? オレンジ色の髪なんて、初めて見た〜」


 カンナを質問攻めにする生徒たち。編入生が必ず通る洗礼のようなものだ。


 当の本人は、慣れない環境に戸惑っていた。


(皆さん、なぜ私の周りに集まるのでしょう? これが編入生のしきたりのようなものなのでしょうか。それに、仰っていることが良く分かりません……) 


 そんな中、一人の女子生徒の質問が飛ぶ。


「ところで、どっから来たの? どこ中?」


(ドコチュウ……とは? どういう意味なんでしょう。〇〇中というのは、何かの中毒のこと……?)


「あ、あのっ」


 カンナは賑わいを遮り、声を上げた。編入生の言葉を聞き逃すまいと、生徒たちは静まりかえる。


「私たち、未成年ですよね。でしたら、そのようなお話は控えるべきだと思いますが」


 カンナが話し終えても、すぐには賑わいは戻らなかった。誰もが、彼女の言葉の意味を理解するのに頭をフル回転させなければならなかったのだ。


「……あ、ああそうだよね。あたしたち未成年、高校生だもんね。もしかして、マジメ系かな、神崎さん?」


 周りの生徒たちも、笑いながらうんうんと頷いていたが、誰ひとりカンナの言葉を理解はしていなかったと思われた。


「おーい、席につけ。授業始めるぞ」


 その直後、国語の男教師が入室してきたため、質問タイムは終わりを告げた。


「はぁ、やっと終わったか」


 起立、礼、着席の号令の後、カンナの隣の霧山キセキはため息混じりに呟いた。


「終わった? 授業はこれから始まるのでは?」


 カンナは不思議な顔でキセキに尋ねた。キセキは面倒臭そうに質問に答える。


「そうじゃなくて、あんたの周りでワイワイ騒いでたのが終わったって言ったの。正直、嫌だったんだ」

「まあ、そうでしたか。でも、休み時間に会話をしてはいけないなんて校則はありませんし、悪いことではないですよね?」

「そういう問題……? 俺が嫌だって言ったのは……」

「おい、授業始まってんだぞ。新学期始まったばかりだからって甘く考えないように」


 厳つい顔の教師に睨まれ、自身の声のボリュームを気にしていなかったキセキははっと気づき、口をつぐんだ。


「怒られちゃいましたね。また後で話しましょう」


 カンナはひそひそと、キセキに伝えた。だが、キセキは顔をしかめて同じくひそひそとカンナに言った。


「俺みたいな"石"とは話さない方が、あんたの身のためかもよ」


「え?」


 カンナは聞き返したが、キセキはそれからずっと授業に集中していたため、続きを聞く余地はなかった。



 一時限目が終わり、教師が教室を出ると、生徒たちは途端にガヤガヤと会話を始めた。苦しい空気から解放された生徒たちは、溜まった鬱憤を晴らすかのように会話に花を咲かせるのだ。


「あの、霧山さん。さっきのお話ですが、どういう意味ですか?」


 大きく伸びをしていたキセキは、その姿勢のまま固まった。


「お話……? もしかして、さっき俺が言ったやつ?」

「そうです。"石"がどうとか言ってましたね。よくわからなかったので、教えていただけないかと」


 カンナは無表情ながら、目だけはキラキラと輝かせてキセキに顔を近づける。キセキは身を反らせてできるだけ密着しないように顔を遠ざけた。


「そ、その話はまた今度にしてくれよ。ほら、次の授業の準備とかあるし……」

「次の授業? まだあと十分くらいあるじゃないですか?」


 カンナは時計を見て首を傾げる。キセキは次の授業の教科書を広げて、カンナの方を全く見ずに呟いた。


「……予習だよ。授業、ついてけなかったら困るからな」

「なるほど。霧山さんって、とても真面目な方なんですね。私も見習いましょう」


 カンナは席に座り、同じように教科書を取り出して授業の準備を始めた。

 キセキは教科書に目を顔を埋め、大きなため息をついた。



 その後、カンナは授業が終わるごとに、キセキに件の質問をしつこくした。キセキは昼食の時間だからとか、寝たふりをするとかして誤魔化してやり過ごしたが、放課後になる頃にはとうとうネタも尽きてきていた。


「霧山さん、そろそろ教えていただいてもいいのではありませんか?」

「……しつこいなあんたも。とにかく、深い意味はないから気にしないでくれ」

「それでは私の気が済まないのです。お願いします。教えてください」

「嫌だ。もう帰りの時間だろ? 俺、部活やってないから帰る。あんたもやる事ないなら帰りなよ。俺なんかに構わずにさ」


 キセキはバッグを肩にかけると、教室を出ていった。

 その背中を、カンナはすぐさま追いかける。


「待ってください。石ってどういう意味なんです? 言えない理由が何かあるのですか? それだけでも教えてください!」

「なんてしつこいんだ……。勘弁してくれって!」


 キセキはカンナの追跡をひたすら逃げ続けた。

 逃げ続けるうちに、元々体育会系ではなかったキセキは疲労の色が見え始め、最終的に男子トイレの個室に駆け込んでいた。


(ここなら安心だろ……。流石のあいつも、男子トイレにまで入ってくることなんてあるわけない……よな?)


 キセキの思惑通り、カンナは男子トイレ付近でキセキを見失い、立ち止まってキョロキョロしていた。


 このまま諦めてくれ。そう願ったキセキだが、カンナは一筋縄では行かなかったらしい。


「霧山さーん。近くにいらっしゃいますよね? どこですか? 霧山さん。霧山キセキさーん!」


 自分の名前をトイレ前で大声で連呼されるや否や、キセキは個室を飛び出した。


「……病院かここは?」

「いえ、学校です。それより、お手洗いにいらっしゃったのですね。それならそうと言ってくだされば……」

「はぁ、……教えてやるから、ちょっと付き合えよ」


 カンナの言葉を強引に遮り、キセキは先に歩き始めた。



 数刻後、二人は学校の屋上へと来ていた。転落防止のフェンスが張り巡らされ、下からの放課後の賑やかな声が隙間から入り込んでいた。


「屋上って、生徒でも勝手に入れるものなのですね。私、知りませんでした」


 カンナは段差に腰掛け、辺りを見渡しながらさらりと言った。キセキは咳払いをひとつしてから、彼女の元へと歩み寄る。


「……そゆこと言うなって。ほら、これおごるから」

「なんです?」


 キセキが手渡したのは、自動販売機で買ったみかんジュース(果肉入り)だった。

 カンナは物珍しそうにそれを受け取ると、開栓して唇を缶へと運ぶ。


「……! 美味しいですね、これ」

「ただのジュースだけど。飲んだの初めて?」

「ええ。初めて飲みました。」

「マジか。変わってんな、やっぱ」


 キセキもカンナの横に座り、同じく買ったジュースを口に運ぶ。

 初めてのみかんジュースの味に感動していたカンナだったが、ここにいる理由を思い出すと、忘れないようにすぐさまキセキに尋ねた。


「そうです、例の話、教えてください」

「そうだったな。……やれやれ、忘れてくれたかと思ったけど、そりゃ無理か」


 キセキは観念し、話し始める。


「俺が自分のこと石って言ったことだけど、一言で言えば存在感がないってことだよ」


「ソンザイカン?」


「そう。昔から目立たなくてさ。友達とかくれんぼなんかした時には、最後まで見つけられなかった上に、忘れられて帰られたこともあった。あとは遠足とかの点呼で俺の名前飛ばされたり、久しぶりに会った幼稚園の時の友達から存在を忘れられてたり……」


 キセキはそこまで話し終えると、大きくため息をひとつつき、自嘲気味に笑みを浮かべていた。


「ま、そんなわけだから、あんたも俺にはあまり関わらない方がいいよって……」


 そう言いながらキセキはカンナの方を向くと、頬に何かが触れるのを感じた。それは、彼女の指だった。キセキは面食らった。


「にゃっ!?」

「驚きました。世の中には、柔らかい石もあるのですね。しかも、人の形をしているとは」


 そう言いながら、カンナはキセキの頬をつまみ、引っ張り始める。キセキの口は引き伸ばされて、間抜けな表情になった。


「むー、本当に柔らかいですね。私よりも柔らかいかも」


 自らの頬を反対の手でつまみながら、カンナはまだキセキの頬を離さない。キセキは自分の顔が熱くなるのを感じていた。


ひゃえろっへ(やめろって)! ……あのなぁ、俺が言ったのはそういう意味じゃなくって……」


 キセキは無理矢理カンナの手を引き剥がし、説明するのも面倒だ、という具合に続けた。


「そういう意味ではないとは、どういうことですか?」

「だからさ、石ってのは例え話で、そこら辺にあるただの石みたいに、誰も俺のことなんか気づかないっていう意味で……」

「でも、あなたは人なんですよね。なぜ自分を石に例える必要があるんです?」


 カンナの純粋無垢な問いに、キセキは答えに詰まる。同時に、馬鹿馬鹿しさすら感じ始めていた。


「それは……」

「よくわかりませんが、誰かがあなたのことを石と呼んだのですか?」

「……ないよ。自分でそう思い始めただけだ」


 キセキは大きくため息をついて答えた。カンナは微笑み、勝手に結論を出す。


「でしたら、あなたは石なんかじゃありませんね。違いますか?」

「あーあ、そうだな。……なんだかあんたと話してたら、色んなことがどうでもよくなっちまった。ははっ」


 キセキは大きな伸びをして笑みをこぼした。カンナはその表情を見て、なぜか安心したのだった。


「良かったです。私も、できれば石さんとはお近づきになりたくありませんから」

「なんか言った?」

「なんでもありません。そろそろ帰りませんか? 少し、肌寒くなってきました」

「そうだな。ぼちぼち行くか」


 カンナとキセキは、揃って屋上を後にした。


「霧山さん、さっきの飲み物のお金、払いましょうか?」


 昇降口までの道すがら、カンナはキセキに尋ねた。


「いいよ。おごるって言ったろ?」

「そうですか。あんなに美味しい物をいただいたのに、なんだか悪いですね」

「いいってば。あとさ、できれば俺のことは霧山じゃなくって、キセキって呼んで欲しいんだけど」


 キセキはそう言った。なぜか、名字で呼ばれることを拒んでいるかのような口ぶりだ。


「そうですか。それでは、私のこともカンナと呼んでください」

「いや、それは遠慮しとく」

「なぜです?」

「なんつーか、適度な距離ってもんがあるだろ。変な噂が立つかもしれねぇし……」


 そんな会話をしながら階段を降りたところで、二人はクラスの二人組の女子と遭遇した。

 彼女たちはカンナとキセキ、二人揃って現れたことを見ると、瞬時に想像がついたようだった。


「あれ~、神崎さんと霧山クン……だっけ? 二人で一緒に何してたの〜?」

「もしかしてだけど〜、二人付き合ってんの?」

「いや違くて。これはその……」


 ここで神崎カンナ、十数分前の記憶を遡る。


「ええ、付き合いました」

「はっ!?」


 一瞬、静まる四人。女子二人は顔を見合わせると、満面の笑みを浮かべた。


「やっぱりそうなんだ!!」

「すごーい。編入初日にカップル成立なんて。一体何があったの?」

「いやいや違うって。……おい、何を勘違いしてるんだよ。付き合ってなんかないだろ?」


 興奮する女子二人を尻目に、キセキはカンナを嗜めた。しかし、彼女はきょとんとした表情で答える。


「違うのですか? でも先ほど、キセキさんが付き合えと仰って、私は了承しましたよ?」

「そういう意味じゃないんだって。あのな……」


 その後キセキの帰宅時間を一時間ほど遅らせ、その場の誤解はひとまず解けたのだった。



 その後自宅へと帰還したカンナは、すぐさま件のPC前へと向かった。正体不明の声、Yと話をするためだ。


「あの、ただいま帰りました」

「おかえりなさいカンナ。初日はいかがでしたか?」

「とても楽しかったです。先日お会いしたキセキさんとも親密になれましたし」


 嬉しそうに、カンナは今日の出来事を報告する。Yはどこか安心した風に話した。


「そうですか。私の言った通りにはできたようですね」

「それに色々なことを知れたように思います。キセキさんは石であって石ではなかったとか、私は付き合いましたが実は付き合っていなかったとか」


 カンナは今日のキセキとの会話を説明したが、その場にいなければわからないまとめ方だった。Yは頭を整理しようとしたのか、少し間を置いて尋ねた。


「……本当に理解しているのでしょうか? まぁよろしい。明日からの学校生活も頑張ってください」

「はい。次の指令はないのですか?」

「ひとまずありません。自由に過ごしなさい。ただし、今日のようにその日の出来事を毎日報告すること。いいですね?」

「わかりました。よろしくお願いします」


 電源が切れたのか、Yとの通信はぷつりと途絶え、その日の会話は終了した。

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