キサイ
コンの名を呼び、入り口から顔を覗かせた男は、眼鏡に白衣、そしてボサボサの髪の毛という出で立ちだった。
男は一同を見渡すと、ニコリと笑った。どこか人懐っこさを感じさせる笑顔だった。
「キセキのお友達だね。みんなで勉強会だって? いいねぇ、青春だねぇ。あ、自己紹介がまだだったね。失敬失敬。僕はキセキの父の、霧山キサイです。お見知りおきを」
霧山キサイはまくし立てるように話し終えると、再び笑顔を浮かべた。
「経堂ケンイチです。お邪魔しております」
「九頭龍クレハっす……です。お世話になってます」
ケンイチはハッと気づいて、自己紹介を返すと頭を下げた。それに倣い、クレハも続いた。
「あたし、小早川コンでーっす。よろしくお願いしまーす」
「うん、知ってる〜。だって僕たち、顔見知り〜」
「あはは、そうだった〜。てへっ」
コンとキサイはまるで打ち合わせをしたかのようなやり取りを繰り広げた。コンとキセキは幼馴染ということもあり、その親であるキサイとも旧知の仲であるのだろう。
そんな父親に対して、キセキは全く視線を移してはいなかった。
「ったく、みっともないことしてんじゃねえっての……。恥ずかしい」
心底嫌そうな顔をして、キセキは呆れたように呟いた。
「あの、私は……」
まだ自己紹介のできていなかったカンナは口を開いたが、話し終える前にキサイが口を挟んだ。
「ああ、神崎さんだよね。君のことは聞いているよ」
「えっ?」
「親父、神崎のこと知ってんのか?」
カンナもキセキも、目を丸くして不思議がった。キサイは飄々とした態度を崩さずに答える。
「んもうキセキったらぁ、この前話してくれただろう? 変わった子が編入してきたって」
「そりゃ……少しは話したかもしれねぇけど」
「そうそう。ずいぶん楽しそうに話すから、嫌でも覚えるって」
「そんな風に話してねぇよ。適当なこと言うな」
親子二人のやり取りが続き、他の全員が会話に入る余地がなくなっていた。それを察知したのか、キサイは咳払いをして話題を戻した。
「ごほん、失礼したね。勉強会の途中だったんだよね? 僕は邪魔だろうから、これで」
部屋を去ろうとするキサイ。いなくなる前に、コンは声をかける。
「大丈夫だよおじさん。あたしたち、休憩中だったから」
「そでしたっけ?」
「そうなのっ。いいじゃん、根詰めすぎると疲れちゃって逆効果だよ」
「休憩中なのかい? だったら、僕の仕事場でも見学する?」
コンとクレハの会話を聞いていたのか、キサイは戻ってきて尋ねた。
「仕事場を? こちらでお仕事しているんですか?」
ケンイチは不思議そうに尋ねた。
「まぁそんなトコだね。もちろん、嫌じゃなければだけど」
「あたしは嫌じゃないよ。みんなも来なよ。すっごい面白いから」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「うちも」
「よしきた。案内しよう」
キサイの後に続き、コンたちは部屋を出て行った。
カンナも向かおうとしたが、キセキはその場を動こうとしなかったため、彼女も足を止めた。
「行かないのですか?」
「……行くよ。ただどうにも足が進まないだけだから」
「足が進まない? なぜですか?」
「行ってみりゃわかる。さ、早いとこ行こう」
キサイに案内され、到着した部屋は様々な機材が置いてあり、机の上には書類が乱雑に重なっていた。更に床には使い道がよくわからないような機械がそこかしこに置かれている。
「お仕事は、何かを作る仕事ですか?」
「その通り。言ってみれば発明家、かな。色々開発しててね。ほら、そこにあるのは……」
饒舌に、そして上機嫌にキサイは説明を始めた。まず手に取ったのは、板の上に機械があり、そこから刃が板に向けて垂直に立ててある物だった。
「それは?」
「これは"半自動"みじん切り機。スイッチを押すとこの刃が動き出すから、下のまな板を手で動かして野菜を切るのさ」
「へぇ、面白いっすね……」
クレハは感嘆の声をあげたが、キセキはまた呆れた様子だった。
「なんで半自動なんだよ。そこは全自動にしろよ……」
次にキサイが手に取ったのは、四角い形の箱のような機械だった。しかし一面だけがなく、外側には色々なボタンが付いている。
「これは"全自動"ジグソーパズル完成機。この中にパズルのピースを入れて、スイッチひとつで勝手に完成させてくれる代物なのさ」
「そこは全自動じゃダメだろ……」
キセキはひとりで突っ込みを入れるが、キサイは気にした様子なく、満足げに微笑んでいた。
「相変わらず、面白い物作るね、おじさん」
「ははは、そうだろう。今はこのくらいだけど、ゆくゆくはもっとすごい物を作りたいと思ってるんだ。何かできたら、みんなにも見せてあげるよ」
「はい、楽しみにしています」
「う、うちもっす。……上手く写真が撮れる機械とか、あるかな」
和気あいあいと盛り上がるキサイたち。そんな中、カンナはひとつの機械が目に留まり、思わず手に取った。それは小さなゲーム機のような機械だった。
「ああそれね。何というか失敗作なんだ。あまり触らない方がいいかもよ」
カンナの持った機械に気づいたキサイは声をかけた。カンナはハッとして、即座に機械を元の場所に戻した。
「す、すみません、勝手に触って」
「構わないよ。さ、そろそろ勉強に戻らないとじゃないかな? 部屋にお戻り」
キサイに促され、それぞれキセキの部屋に戻り始めた。
「コン……ニチワ……」
「えっ?」
キサイの部屋を出る直前、カンナは謎の声を聴いたような気がした。しかし、既に他に誰もいなくなっており、そこにいたのはカンナだけだった。
不思議に思いつつも、彼女もキセキの部屋へと戻っていった。
勉強会が終わり、キセキ以外は自宅へと帰ることとなったが、なぜかそれぞれの家を回って送り届けるということになった。コン曰く、これもメモリオンの活動の一環らしい。
カンナは一番近所だったが、最後までキセキについていた。あの時聴いた、謎の声が気になっていたからかもしれない。彼女はキセキに尋ねようとしたが、父親の大事な発明品なのかもしれず、安易に聞いていいものかという葛藤もあった。
「今日はありがとな。コンのわがままに付き合ってくれて」
唐突に、キセキは切り出した。
「い、いえ。大丈夫です。私のために集まっていただけたのですから」
「そうか。それならいいんだけど」
そこで会話は途切れたが、キセキは話題を変えて話し出した。
「親父は、さ」
「はい?」
「昔から自分のことばっかでさ、いつも母さんに迷惑かけてきたんだ。あれはあれで仕事なのかもしれないけど、どうも俺は認められなくてな。なもんで、親父に対してはいつもああなんだ」
「はぁ……」
カンナは返す言葉が見つからなかった。そうしているうちに、カンナの家に到着し、二人はそこで別れた。
「おかえりなさい。カンナ」
「ただいまです。Y」
自室に戻り、Yに挨拶をしたカンナ。彼女の様子を察知したのか、Yは尋ねる。
「どうかしましたか? 何かありましたか?」
「いえ、……人の気持ちって難しいなと、そう思っただけです」
カンナは少しだけ微笑んで答えた。




