勉強会
小テストの返却から数日後。カンナたち"メモリオン"の全員はとある場所に集まっていた。そこはいつものファミレスでもカラオケでも、先日行ったショッピングモールでもない。そもそも、楽しく遊ぼうという雰囲気でもなかった。
カンナの現代文の点数があまりにも低かったことに危機感を抱いた彼女本人、そしてコンたち他の4人。全員で相談し、休みの日に勉強会を開こうという結論に至ったのだ。
「あの、皆さん」
唐突にカンナは切り出した。他の全員の視線が、一斉に彼女へと注がれる。
「本日は、私のためにお集まりいただき、ありがとうございます」
「ぷぷ、突然何かと思ったら、誕生会みたいなこと言っちゃって。まさか、カンナさん本当に今日誕生日?」
「いえ、違いますが。でも、せっかくの休日なのになんだか申し訳ないと思いまして」
カンナは両手を膝の上に乗せ、肩をすくめて言った。コンは全く意に介した様子なく返した。
「なーんだ。そんなことか。いいんだよ、みんなカンナさんのこと思って集まってるんだから。じゃなきゃ、こんなトコ来ないし」
「悪かったな、こんな所で」
コンの発言に、すぐさまキセキは突っ込んだ。
5人がいるその部屋は、霧山家のキセキの部屋だった。勉強会を開こうと決まった際、コンやクレハ、ケンイチの家はそれぞれ都合が悪く、最終的にキセキの部屋で行うことに決定したのだった。
カンナの家はと言うと、家族がいないため話が拗れることを危惧したYから簡単に人を上げないように念を押されており、やはり都合が悪かった。
「あははー。ごめんごめん。前にも来たことあったし、つい自分の部屋みたいに言っちゃった」
「俺の部屋は自分の庭みたいなもん、ってか? やれやれ。しかし、こうも大勢だとかえって集中してできないんじゃないのか?」
「そ、そんなことは。うち、漢字の読み書きが散々だったもんですから、勉強会ありがたいっす」
クレハは気を遣ってか、慌てて言った。
「僕は四字熟語がちょっとダメだったね。でも見たところ、カンナさんはそのあたりよく出来てそうだけどな」
ケンイチはカンナの答案をチラッと見て言った。実際に、彼女の現代文のテストの正解は大半が漢字や四字熟語であり、ほとんど不正解はなかった。
「となると、課題は文章問題ってことになりますか」
「そうみたいね。でも、何でだろ。他はよく出来てるのに、何でそこだけ?」
クレハもコンも、首を傾げた。すると、キセキが席を立ち、どこかへ行った後に戻ってきた。
「これ、前に学習塾で使ってた問題集なんだけど、試しにやってみる?」
「ええ。それではお言葉に甘えて」
カンナは問題集のページをめくった。漢字、ことわざ、慣用句などの設問の後に、文章問題が現れた。
「ええと、幼い少女がシングルマザーの母親と買い物に出かけるお話ですか」
「そう。んで問題は、傍線部の心情を答えるってことだな」
問題文が指す傍線部は、少女が母親の顔色を伺い、買い物かごに一度入れたお菓子を少女が商品棚に戻した、というものだった。
カンナは思案し、やがて答えを出す。
「この女の子は、お菓子を買って欲しかったんですね。でも、気が変わって諦めた、ということですね」
「そう。わかってるじゃん。それじゃ、その理由は……」
「きっと、別のお菓子が欲しくなったんですね」
カンナの出した答えに、場の全員が一瞬黙った。キセキはすかさず、突っ込みを入れる。
「待て待て、そうじゃない」
「違うのですか? では正しい答えは?」
「この母親はシングルマザーだって書いてあるし、少女は母親の顔色を伺って、って書いてあるだろ? だから、家計を心配してお菓子を諦めた、ってところだよ。前後の文脈から考えないと」
「なるほど、そう考えればいいのですね。勉強になりました」
カンナは素直に感想を述べた。本当にわかっているのかどうか、誰にもわからなかった。
「日本語って難しいですね。皆さんは文章問題、できましたか?」
「えーと……実は今回のテストでそこはあたし〇もらってるんだよね。もうちょっと読めばわかるかも?」
コンは少し遠慮ぎみに答えた。ケンイチとクレハも、うんうんと頷いていた。
全員の反応を見たカンナは急に自信喪失し、しゅんとなってしまった。
「……私、変なのでしょうか?」
「答えにくいな……。まぁ、変かどうかは置いといて、考え方は人それぞれだからな」
「でも、皆さん正解していらっしゃるんですよね? この中で私だけ不正解なんて……」
気まずい空気が流れる中、コンは慌ててフォローに回る。
「で、でもさ。こんなの書いた本人じゃないんだし、わからなくてもしょーがないよ」
「それ言ったら……皆さんそうですけど」
ぼそっと余計な口出しをしたクレハを、コンはキッと睨む。クレハはハッとしてノートで顔を覆った。
再び気まずい空気が流れる中、今度は部屋のドアが開いた。現れたのは、お盆に全員分のお茶を乗せたひとりの女性だった。
「あら? お邪魔しちゃった?」
「ううん。大丈夫だよ、おばさん。気にしないで」
「そう? それならいいけど。あ、コンちゃん以外は初めましてよね。キセキの母です。息子がお世話になっています」
カンナたちの視線を感じ取ってか、キセキの母は付け加えた。カンナとケンイチ、クレハは軽い会釈をし、キセキの母は満足げに微笑んだ。
「勉強、頑張ってて偉い偉い。お茶、置いてくからご自由にどうぞ。それと、お父さんお疲れだから、あまりうるさくしないであげてね。それじゃね」
そう言い残しキセキの母親は部屋を出て行った。
「お母さん、若いよね?」
母親が部屋から遠ざかったのを見計らってから、ケンイチは小声で尋ねた。
「まぁ、結婚も俺産んだのも割と早かったらしいからな。見た目に加えて実年齢も若い方だろう」
「歳近いと話しやすそうでいいね。お父さんも同じくらいなの?」
「あぁ……。まぁそうかな」
曖昧な返事をキセキはする。まるで、答えたくないかのような反応だった。
「どんな人なんすか、お父さん?」
「面白い人だよ。おじさんのことも前から知ってるけど、とにかく面白い人」
そうコンが言った時、彼女の背後で声がした。
「そんなに面白い人なのかい、コンちゃん?」
眼鏡をかけ、白衣を着た長身の男性が、部屋の入り口から覗いていた。




