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買い物

 とある日の夕方。放課後の空気が漂い始めた頃の教室。授業終了のチャイムが鳴ると、生徒たちは部活に帰宅にと、忙しなく動き始めた。


「明日は小テストを行うからな。ちゃんと復習しとくんだぞ」


 教師は去り際に、教室に向けて呼びかけた。

 嫌だな、勉強しないと、もう諦めた、そんな言葉があちこちから聞こえてくる中、カンナは黙々と帰り支度をしていた。

 その背中に、明るい声がかけられる。


「カーンナさんっ。今日これから予定ある?」


 声の主はコンだった。両手を後ろに回し、ゆらゆらと落ち着きのない動きをしながら尋ねてきた。


「これからですか? 特に用事はありませんが、帰って勉強しようかな、と。小テストもありますし」

「やっぱそっか〜。そうだよね。……でももしよかったらだけど、あたしに付き合ってもらえない?」


 付き合う。以前のカンナならば、別の意味に捉えていただろう。だが今の彼女は、正しくその意味を理解していた。


「そうですね。少しなら大丈夫だと思います。ご一緒しましょう」

「ホントに? ありがと〜。それじゃあさ、新しくなったショッピングモールあるじゃん? あそこ行こ?」


 カンナたち五人、もといコンが発足させたメモリオンがよく訪れるファミレスの近くに、最近改装されたショッピングモールがあった。若者に人気のある店舗が並んでおり、高校生が放課後に遊ぶにはうってつけと言える場所だった。


「わかりました。それでは、行きましょうか」

「うんっ。行こ行こ」


 二人は荷物をまとめ、教室を後にした。



「私とコンさんで遊びに行くのも、メモリオンの活動なのですか?」


 ショッピングモールへの道すがら、カンナはコンに尋ねた。今日はキセキとケンイチ、クレハもいなかったのがカンナは少し気になっていた。


「ううん。今日は個人的な活動というか、そんな大したことじゃないし。まぁでも、思い出作りにはなるか」

「キセキさんたちも誘った方が良かったでしょうか?」

「うーん、今日はいいかな。キセキはケンイチ君とゲーム買いに行くって言ってたし。クレハはわかんないけど」

「そうでしたか。では、今日は二人きりということですね」

「そうそう。たまにはいいじゃん? あ、ほらほら着いたよ」


 ショッピングモールに到着すると、コンはカンナの手を引いてすぐさま入店した。


 コンには行きたい場所があったのか、店舗案内に目を通すと脇目も振らずにそこへ向かっていた。到着したのは、アクセサリーショップだった。


「こちらにご用事が?」

「うん、ちょっと探してる物があってね。カンナさんも見て回りなよ」


 そう言うと、コンはカンナの元を離れ、一人で店内を回り始めた。

 過去の記憶がないカンナは、当然アクセサリーショップに来た覚えもなく、今の流行も疎かった。よくわからないまま、彼女は商品を見て回っていた。


「何かお探しですか?」


 店員が声をかけてきた。この経験もなかったカンナは面食らい、あたふたと答える。


「あ、あの。今日は付き添いでして」

「そうですか。失礼いたしました。もしよろしければ、お客様に似合いそうな商品をご案内しますが?」

「いえ……。あ、コンさん。失礼します」


 コンが近くに来たため、カンナは反射的にその場を離れた。


「……んー、ちょっと今は厳しいか。残念」

「コンさん?」

「わっ。……ああごめん、カンナさん。気づかなかった」


 コンは跳び上がらんばかりに驚いた。何かに夢中で、本当にカンナに気づかなかったらしい。


「お探しの物は見つかりましたか?」

「それがね、あったけど今はおこづかいがなくて。またあとで買いに来ようかなってさ」

「そうでしたか。残念でしたね。今日はもう帰りますか?」

「そうだね〜。でもせっかく来たんだから、もちょっとゆっくりしてかない?」

「はい、構いませんが」


 カンナはコンに連れられ、ショップを後にした。



 その後、アイスクリームを買った二人は近くの椅子に座り、共に食べ始めた。


「美味しいね、アイス」

「そうですね。色々種類があって、目移りしてしまいました」

「そうだね。ってか、結局オレンジシャーベットにしたんだねカンナさん。本当に好きなんだ」

「ええ。やっぱり私はこれが一番です」

「ふふ、そっか。やっぱりね」


 何気ない会話をしながらアイスを食べる二人。そんな中、コンは唐突に口を開く。


「カンナさんはさ、大学に行くの?」

「はい? 大学……ですか? その、まだ決まってなくて」

「そっか。今どきほとんどみんな行くと思うけど、やっぱあたしも行くんだろうな〜。どこの大学かも決まってないんでしょ?」

「ええ……まぁ」


 高校生活どころか私生活が始まったばかりのカンナには、卒業後の予定など考える余裕はなく、曖昧な答えしかできなかった。


「あは、同じだね。嬉しいな。さて、アイスも食べ終わったし、そろそろ帰ろっか」

「はい。……あら、クレハさん?」


 カンナの視線の先には、言葉の通りクレハが歩いていた。不意に自分の名前を呼ばれたクレハは驚き、持っていた袋を落としそうになった。


「びっくりした……。お、お二人とも、奇遇っすね……」

「びっくりはこっちの台詞だよ。どうしたの? 買い物?」

「え、ええ。ちょっと本を買いに」


 落としそうになった袋を指さして、クレハは言った。


「ふーん。そうなんだ。あたしたちこれから帰るトコだけど、一緒に帰る?」

「い、いいんすか……。うちでよければご一緒します」

「それでは、三人で帰りましょう」


 クレハも加わった三人は、ショッピングモールを出て帰路に着いた。



 数日後。小テストを終えた生徒たちは、答案返却の日を迎えた。

「はぁ、あたし自信ないわ〜。やっぱ勉強しときゃよかった」

「買い物行ってたんだろ? 自業自得」

「そっちこそ、二人で楽しくしてたんでしょ。こっちは三人だよ三人」

「何のマウントだよ」


 その時、担任で数学教師の大山が教室に入ってきた。大量の用紙を抱えている。


「この前のテストを返却するぞ。現代文の佐藤先生が本日お休みのため、そちらも預かっている。呼ばれたら取りに来なさい」


 順に名前を呼ばれ、生徒たちは続々とテストを受け取る。やがて、カンナの番になった。


「神崎、よく勉強しているな。感心だ」


 そう付け加えられ、大山はカンナにテストを手渡す。点数は、95点だった。


「うへー、カンナさんすご……」


 カンナの答案をチラ見したコンは、感嘆の声をあげた。


「いえ、それほどでも。昨夜、教科書を読み直して復習しましたので」

「普通はそれでもそんな点数取るのは難しいと思うけど……。やっぱり元々の頭が良いからなのかなぁ」

「続いて現代文を返す。呼ばれたら来なさい」


 大山は再び答案を返し始めた。カンナの番になると、わずかに大山の表情が曇ったように見えた。


「……こっちは、少し頑張った方がいいかもな。わからないことがあったら、ちゃんと聞くんだぞ」


 大山は、カンナにしか聞こえないほどの小声で囁いた。

 席に戻ったカンナの答案を見たコンは、今度は言葉が出なかった。


 カンナの現代文の点数―――45点。

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