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同盟

 またあくる日、カンナたちは学校は休みだった。授業にも課題にも縛られず、各々が自由な時間を過ごす貴重な時間を過ごすはずであった。

 だが新しく九頭龍クレハを追加した五人は、以前キセキとコン、カンナの三人で過ごしたファミレスに集合していた。それは昨日の放課後の、コンの提案によるものだった。


「ええと、本日はお集まりいただきまして誠にありがとうございます。小早川コンです」

「なんだ突然改まって。昨日、半ば強引に誘ったんだろ?」


 コンが妙に恭しく挨拶の言葉を述べると、キセキは即座に口を挟んだ。二人を含め、全員休日の私服姿だ。


「そこ、うるさい。せーしゅくに。……えー、改めまして、本日集まっていただいたのは他でもなく。ひとつ、あたしから提案したいことがあります」

「提案?」


 ケンイチはオウム返しに尋ねた。コンは咳払いをすると、全員に向けて言った。


「これからこのグループで、思い出作りをしていきたいの。学校の行事でも、休みの日のお出かけでも、なんでもいいから」

「思い出作り? なんでまた。そんなの、各自で自由にやればいいんじゃないのか?」


 今度はキセキが尋ねた。コンはやれやれと言いたげにため息をひとつつき、キセキに向き直って続けた。


「わかってないなぁ。みんなで思い出を共有するのがいいんじゃない。それにあたしたち、高校二年生なのよ? 楽しい時間なんてあっという間。来年は受験で大変なんだし、思い出作りなんてやってられないのよ。だから、今年一年で忘れられない経験をしておきたいの。せっかく知り合えた、このメンバーでね」


 コンは熱弁を終えると、深呼吸してドリンクを飲み干し、後を続けた。


「まあでも、無理にとは言わないし。面倒くさそうって思ったら、やめてくれていいから。グループの活動も、自分の都合の方を優先してくれて構わないし。だから、任意参加ってことで、どうかな……?」


「私、やりたいです」


 ピンと手を挙げて、初めに答えを出したのは、カンナだった。コンはパチパチと小さな拍手をし、感激した様子だった。


「さっすがカンナさん。そう言ってくれると思ったよ。ありがとっ」

「いえ。思い出は、たくさん作りたいと思ったので」


 現在の高校に来て間もないからか、とカンナ以外の全員は思っただろう。しかし彼女にとっては、過去の記憶がないために、人生の思い出自体が少なかったのである。


「僕もいいよ。青春の思い出は、一生の宝物になりそうだからね」

「じゃ、じゃあうちも。仲良くしていただけて、写真も撮らせてもらえるなら、お役に立ちたいっす」


 ケンイチとクレハは続いて参加を表明した。コンは再び感激していた。


「うんうん、二人ともありがとね。じゃあ、クレハには写真係もお願いしていい?」

「写真係っすか? うちが?」

「そ。難しいことは言わないから、あたしたちの楽しそうにしてるトコを撮ってくれればいいの。やっぱ思い出といえば写真っしょ。てことで」

「はは……。責任重大っすね。でも、カメラの腕も上がりそうだし、やってみたいっす」

「そうこなくっちゃ。お願いね。で、キセキは?」


 意気揚々と事を進めるコンは、未だ答えの出ないキセキに視線を向けて尋ねた。キセキは大きくため息をついて、観念したかのような態度で答える。


「仕方ねーな。俺も参加するよ」

「だよね~。よかった、話がわかって。それじゃ、次は……」


 コンが次の話をしようとする中、カンナはキセキに小声で囁く。


「楽しくなりそうですね、思い出作り。キセキさんも参加していただけて嬉しいです」

「まぁこの空気じゃ断れないだろ。それに、NOって言ったら後で色々うるさいからな、あいつ」


 ひそひそと話す二人を、コンは見逃さず指摘する。


「そこ、また騒がしい。静かに。それじゃ、グループの名前を決めたいんだけど」

「名前?」

「そうよ。やっぱりグループとかチームとかには名前が必要でしょ。何か考えて、みんなで」


 名前を付ける提案はするが、名前の提案はしないコン。キセキは思うところがあったものの、しぶしぶ考えた。


「思い出ーズ……っていうのはどうすか?」


 クレハが案を出した。コンは腕組みをして首を傾げた。言葉を選んでいるかのようだ。


「うーん、悪くないけど、ちょっとまんますぎるかな? 他には?」

「なら、メモリーズは? 思い出は英語でメモリーだから」


 次はケンイチの案だった。コンは再び首を傾げる。


「それも悪くない。でも、もうちょっと凝ったのがいいかな……なんて」


 そこまで言っても、自分では案を出さないコン。ケンイチたちは文句も言わず、案を出し続けた。


「じゃあ、メモライダーは?」

「メモレンジャーとか、どう?」

「チーム・メモリー」

「メモリー団」


 様々な案が出たが、コンは首を縦には振らなかった。


 そんな中、キセキはぽつりと呟く。


「メモリー・ユニオン」


 全員の視線が、キセキに注がれる。今までそんな経験がなかったのか、キセキは面食らったがすぐに説明をした。


「ユニオンは同盟って意味。直訳すれば思い出同盟ってことになるかな」

「ふむふむ、いいんじゃない。それに決めた。キセキってば、昔から勉強だけはできたもんね」

「だけ、は余計だっつの」


 キセキは小声でツッコミを入れたが、その表情は満更でもないようだった。


「それじゃ、早速だけどメモリー・ユニオンの……、なんだか長いな。縮めて"メモリオン"って呼ぼ。メモリオンの活動第一回を始めましょー」

「活動とは、具体的に何をするんですか?」


 カンナは上機嫌で仕切るコンに尋ねた。コンは楽しげに答える。


「あまり深く考えないで。あたしたちは休日を楽しんで、クレハはそれを写真に撮ってくれればいいの。とりあえず今日はね。明日からは学校の日常とか、行事とかの光景を記録に残していきたいね」

「それが、思い出作りなのですね。わかりました。頑張って楽しみましょう」

「あはは、楽しむのは頑張らなくてもいいんだよ。肩の力抜いてかないと。じゃ、そろそろ行こっか」


 五人は会計を済ませ、ファミレスを後にした。



 その後、カンナたちは休日を楽しんだ。カラオケボックスで歌い、ゲームセンターで遊び、予定もなくブラブラし、夕暮れには休憩がてら公園に立ち寄った。


「あたし、ブランコ乗る〜」


 到着するなり、コンは一直線にブランコへ向かった。一日遊び通しのキセキたちは、近くのベンチに腰かけて一休みをしていた。


「やれやれ、相変わらず元気だな、あいつは」


 呆れたような、しかしどこか面白がっているような口調で、キセキは呟いた。


「コンさんとは、付き合い長いんすか?」


 クレハが尋ねた。知り合ったばかりの彼女は、二人の関係については知るはずもなかった。


「まぁそんなところ。小学校の頃からの腐れ縁でさ。それでもってクラスが一緒なことも多かったから、コンの騒がしさには正直うんざりなんだ」

「なるほど〜。幼馴染なんだ。お互いのこと、よく知ってるってことっすね」

「そんなんじゃないよ。あいつが絡んでくるから俺が対応してるだけ。仲良く見えるなら、それは勘違いだよ」

「でも、喧嘩するほど、とか、嫌よ嫌よも、って言葉もあるし、そう見えても仕方ないかもね」


 ケンイチが口を挟むと、キセキは苦笑いだけして頬杖をついた。


「僕、飲み物買ってくるね。何がいいかな?」


 気まずくなった空気を感じたのか、ケンイチはそう言って立ち上がった。


「俺、カフェオレ」

「じゃ、じゃあうちは、紅茶でお願いしまっす」

「私は、オレンジジュースを」

「了解。待ってて」


 ケンイチが自動販売機に向かうと、キセキも席を立った。


「ちょっとトイレ」


 コンも含め、三人がいなくなったベンチには、カンナとクレハが取り残された。ここまで会話を交わしたことのない二人の間にも、どこか気まずい空気が漂っていた。


「……あ、そうだ。写真、撮らなきゃ」


 思い出したように、クレハはスマホを取り出し、自身の正面に向けてシャッターを切った。


「撮れましたか? 写真」

「え、ええ。あとで見せますね」 


 クレハはなぜか、写真を見せるのを躊躇した。


「そうですか? 楽しみにしてますね」

「は、はい……」


 再び会話が途切れる。緊張した様子のクレハに、カンナは話題を切り出した。


「写真、お好きなんですね」

「そ、そうっすね。何か初めてみたいと思ってやってみましたけど、もともと好きだったのかもしれないっすね」

「そうなのですか?」

「はい。家で昔のアルバム見て、自分の小さかった頃の写真見たら、その時の記憶が呼び覚まされたりして。写真にはそういう、思い出を残す力があるんだなって。だから、コンさんに写真係を任された時は、正直嬉しかったっす」


 クレハはカンナの前では初めて、笑顔を咲かせた。彼女の笑みを見て、カンナも表情が緩んだ。


「そうなんですね。好きなものがあるって、いいことですね」

「はい。写真は言ってみればうちの夢、っすかね」

「夢……ですか」

「カンナさんはないんすか? 夢」


 そう聞かれて、カンナは考えこんだ。過去の記憶がない彼女は、自身の夢など持ってはいなかった。


「私は……特には」

「そうっすか……。まぁ、そのうち見つかりますよ」


 その時、キセキとケンイチ、コンがほぼ同時に戻ってきた。


「ふう、久しぶりのブランコ楽しかった〜」

「飲み物買ってきたよ。小早川さんにも適当に選んできた」

「わぁ、ありがとう。ケンイチ君、気が利く〜」

「日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうぜ」

「そだね。そうだ、今日撮った写真、見せてよクレハ」

「は、はい。……どうぞ」


 クレハはスマホを差し出した。画面には、中央に小さな鳩が写っている。


「可愛い鳩さんですね。とても上手に撮れていると思います」


 カンナは思ったままの感想を述べたが、クレハは恥ずかしそうに言った。


「……それ、コンさんを撮ったつもりなんです」


 よく見れば、画面の右端にはコンの足のような物が写っていた。ブランコに揺れていた際のものだろう。


「あはー、なるほど……」

「す、すんません! 次はちゃんと撮れるようにしておきますから!」

「ま、まぁ(鳩が)上手には撮れていると思うし、これから腕を上げていけば、ね?」

「……お前、フォロー上手いな」


 なんとか場を纏めたケンイチに、キセキは素直に感心していた。



 その後、解散してそれぞれの家に帰ったメモリオンの面々。カンナはいつものようにPC前に座していた。


「おかえりなさい。今日は学校は休みでしたね。どこへ行きましたか?」


 Yはカンナに尋ねた。カンナは至極楽しげに答えた。


「今日はコンさんの誘いで、色々なところに行きました。カラオケに行ったり、ゲームセンターに行ったり。……それから私たち、メモリオンというグループを作りました。これから皆さんと楽しい思い出を作っていくのです」

「そうでしたか。充実した学校生活になりそうで何よりです。学業の方も、頑張ってくださいね」

「はい。もちろんです。……あの、Y?」


 何かを言いたげに、カンナは切り出した。


「なんでしょう?」

「私、昔の記憶がないので気になったのですが、私の夢って、何だったのでしょう?」

「夢、ですか? 申し訳ありませんが、私にも分かりかねます」

「そうですよね……」

「思うところはあると思いますが、今は私の指示に従ってください。あなたの望みは、私の望みでもありますから」

「はぁ……わかりました」


 その日も同じように、Yとの通信はそこで途絶えた。

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