写真
自分たちを盗撮した女子生徒を追い詰めた、というよりはあっさり追いついた四人。女子生徒は必死に頭を下げ、その上で手と手を合わせるという、端から見れば滑稽なポーズで謝罪していた。
その場では目立ちすぎるということもあり、キセキたちは女子生徒を件の屋上へと連れて行ったのだった。
「はい、じゃあまずはあんたの名前からどうぞ」
まるで面接かのような質問だった。女子生徒はもじもじと手を動かし、目が泳いでいる。髪型は頭のてっぺんを短く束ねていた。コンは彼女に鋭い視線を向けながら尋ねる。
「は、はい。九頭龍クレハっす。その、皆さんと同じクラスっすね。うへへ……」
九頭龍クレハは言い終えると謎の笑みを浮かべた。急に緊張がほぐれたのかもしれない。
「九頭龍って……珍しい名字ね。でも、どっかで聞いたような気もする」
「俺も思った。いつだっけな……」
彼女の名前に聞き覚えがあったのは、コンだけではなかった。キセキもまた、記憶の片隅にその名前が引っかかっていた。
「朝礼の時ではありませんか? 校長先生のお話中に倒れた」
カンナはキセキたちが思い出す前に、横から答えた。そう聞いたことで、キセキたちの記憶が呼び覚まされたようだ。
「そうそう、確か九頭龍って言ってたね。あの時の九頭龍さん? ……って、一人しかいないか」
ケンイチも思い出し、そう聞いたところで珍しい名字だと気づいて付け加えた。
「そうっす。うち、体力に自信なくて。さっきもすぐへばっちゃったでしょう? ちょっと運動するだけでダメで。だから体育も……」
「ちょいちょい。そんなことを話したかったわけじゃないんだから。あんた、立場わかってる?」
話が逸れそうになったところで、コンはクレハの言葉を遮って言った。
「……すません。そうでした。えーと、この度は本当に申し訳ないことをしまして……」
クレハは謝罪の意を表したが、具体的に何を謝っているのかは言わなかった。はぐらかそうとしているのかと思ったのか、コンはまたもやクレハの言葉を遮って言った。
「謝るならちゃんとしてほしいんだけど。盗撮、したよね? あたしたちのこと」
「そ、その通りっす。すません、本当にやましい気持ちはなくって、その、皆さんが楽しそうだったもので、はい」
クレハはそう言いながら、ポケットからカメラを取り出した。否、それはカメラではなく、スマートフォンだった。
「あっ、スマホだったの? あんたも持ってたんだ……。くう、羨ましいぃぃ」
人一倍スマホに憧れるコンは、盗撮の件はそっちのけでクレハのスマホに食いついた。
「は、はい。高校入った時に買ってもらいまして。それで、高校生になったからには何か始めてみたくて。スマホのカメラって高性能だし、これで色々撮りたいなって思ったのがきっかけで……」
クレハは急に口をつぐんだ。またしゃべり過ぎたと思ったからだろうか。しかし、誰も咎めることはなかった。
「ということは、写真部に入ってるの?」
ケンイチは沈黙を破り、黙り込んだクレハに尋ねた。
「いえそれが、帰宅部っす。うち、集団行動苦手だし、初心者だからついていけるかわかんないしで。あくまで趣味にしたいなって思ったもので」
「そっか。その気持ちはわかるかも。自分のペースで楽しみたいってことかな?」
「それっす! うち、個人でやりたいって考えてるだけなんです。いや〜、わかってもらえる人もいるんだなぁ」
ケンイチの共感がよほど嬉しかったのか、クレハはケンイチを指さし、テンション爆上がりで答えた。
「えーと、話戻してもいい? 盗撮の件はまだ解決してないんだけど」
「そ、そでした。あの、これが撮った写真す。一応、確認します?」
クレハはスマホを差し出す。画像フォルダには幾つもの写真が並んでおり、その中にはカンナたちが写るものも数枚確認できた。
「……うん。確かにあたしたちだ。でも……」
コンは写真を確認すると、反応を変えた。キセキやケンイチも同様だった。
「なんつーか、杞憂だったわけだな」
「はは、まぁこれなら何も問題はなさそうだね」
クレハの撮った写真には、確かにカンナたちの姿があった。だが、それは後ろ姿だったり、酷くボケてしまっていたりで、はっきりと顔が写っているのは皆無だった。
「はい、ありがと。写真、このままでもいいよ」
「い、いいんすか? 無断で撮ったのに?」
「こんなの撮られたうちに入らないって。これから黙って撮らないって約束してくれたら許してあげるし」
コンはクレハにスマホを返し、笑って言った。クレハは感銘を受けたのか、なんと突然涙を流し始めた。
「うぅ……ありがとうございますぅぅぅ。本当に申し訳ありませんでした。もう二度と、このようなことがないようにしますから……」
「ちょっ、泣かなくてもいいじゃん。それに、黙って撮らなきゃいいって言ったでしょ?」
コンは慌ててクレハを慰めた。クレハは赤く泣き腫らした目を上げてコンを見て尋ねる。
「それじゃ、撮る前に声かければいいんすか?」
「うーん、言われてみるとそれはなんだか。周りに変に思われるような気もするし……」
コンは改めて考えこんだ。そんな中、カンナはひとつの提案をする。
「私たち、お友達になれば良いのではないですか?」
「と、友達……っすか?」
クレハは、まるで初めて聞いた単語を口にするように聞き返した。カンナは大きく頷いて答える。
「そうです。お友達なら、写真を撮るのに理由はいらないと思います。その方がお互いにいいのではないかと」
一瞬の沈黙の後、クレハが先に口を開く。
「う、うちはそうしていただけたらありがたいっす。あ、もちろん皆さんの気持ちが最優先っすから、嫌ならこれで……」
「俺は別に嫌じゃないよ。そんなにかしこまられると逆に接しづらいし」
「僕も賛成。だけど、九頭龍さん集団行動は苦手って言ってなかった? 大丈夫?」
「友達がいらないわけじゃないので……。むしろぼっちだったのでたくさん友達ができたら嬉しいっす」
キセキもケンイチもカンナの提案に賛同する中、コンだけはしばらく答えずに、何かを考えているようだった。
そして、彼女は答えを出す。
「うん、うん。そうね。その方がいいかも。よし、じゃあ今日から仲良くしよう、九頭龍さん」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!! あと、九頭龍は言いづらいと思うんで、できたらクレハでお願いするっす」
クレハは輝く笑顔で答えた。コンも満足げに頷き、彼女もひとつの提案をする。
「よろしく、クレハ。それじゃさっそくなんだけど……」
「な、なんすか……?」
「変な話じゃないから怖がらないで。ほらキセキもケンイチ君もカンナさんも来て」
コンは、四人を集めるとひそひそと何か話し始めた。




