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接触

以前読み切りで書いた作品の連載版です。よろしくお願いします。

 時は2012年4月。日本某所にて、一人の少女が目を覚ます。


 そこは何処かの室内であり、真っ暗な暗闇の中に、一台のノートPCが置かれた場所だった。


 奇妙なことといえば、そこにいるのは少女独りであることと、PCからの声が絶えず聞こえているということだ。


「……聞こえていますか? 目覚めてください……」


 声を聞き、少女はゆっくりと目を開けた。

 少女の瞳は深いブルーで、髪はロングのオレンジ色をしており、服装はパジャマ姿だった。


「目覚めましたね。気分はいかがですか?」


「…………」


 声の問いかけにも、少女は答えない。突然、知らない声に話しかけられれば、警戒したり戸惑ったりするのは当然のことではある。


「そう、その反応は予測していました。おそらくは、警戒していることでしょう。しかし私はあなたの敵ではありません。それだけは理解してください。"神崎(かんざき)カンナ"」


 その名前に、少女は視線をPCへと移す。

 神崎カンナ。それが少女の名前だった。


「それは、私の名前ですね?」

「そうです。良かった、その記憶は持っていましたね」


 声の主は安堵した様子だった。


「なぜ私の名前を知っているのですか? それにその記憶、というのは……」

「そのままの意味ですよ。思い返してみてください」


 カンナは自らの記憶を探った。しかし、自分の名前以外の記憶はどうしても浮かんでこない。


「……ダメです。思い出せません、何も」

「そうでしょう。しかし、私はあなたの情報を全て存じ上げているのです」


 声の主は、どこか得意げな調子で言った。


「全て、ですか?」

「全て、です。神崎カンナ、16歳。血液型O型、等々……」


「人にはプライバシーというものがあり、すべからく保護されるものだと思うのですが。……まさか私は、実は人間ではないとでも……!?」

「そのような事実はありません。安心なさい」


 カンナは一人で考え込み、声はぴしゃりと否定する。


「それならば安心です。しかし……。あなたは何者なんですか? 顔も姿も見せずに」


 声は加工がかかっており、聞いただけでは男か女かもわからなかった。


「私のことに関しては詮索は無用です。仮に呼び名をつけるとすれば、そうですね…………」


 声はしばらく途切れた。通信が切れたのかと思ったカンナは、そっと声をかけた。


「あの、もしもし?」

「失礼。私の呼び名ですが、"Y"としておきましょう」

「あくまで素性は明かさないということですか。それで、そのYさんが私に何のご用なのでしょうか?」

「はい。それでは本題に入らせていただきます。単刀直入に申しますと、あなたにはこれから、私の指示に従っていただくことになります」


 Yははっきりと伝えた。カンナの意思の有無を言わせずに。


「ずいぶんと強制的なご要件ですね。もし、私が拒否した場合は?」

「それはできないはずです。なぜなら、私の協力がなければ、あなたは生活できないのですから」


 カンナはそこで、周囲を見渡した。何も変わった所がない部屋ではあるが、人がいなかった。


「ひとつ、いえ二つお尋ねしてもいいですか?」

「どうぞ」

「ここはどこなのですか? それに、私以外に誰かいないのですか?」


「この場所についてお答えします。ここは『花暁町(かぎょうまち)』。都市開発が進み、近年目覚ましい発展を遂げています。メディアにも取り上げられることの多い町なんですよ」

「はぁ……」


 カンナは気の抜けた返事をした。自分が聞きたかったことはそこではない、と言いたかったのである。


「それから、この部屋に住む人間ですが、あなた一人です」

「そうでしたか。私にも家族がいると思いましたが、その様子では、少なくとも今はお会いできないのですね」


 カンナは絶望したかのように、仰向けに寝転んだ。彼女の目には、真っ暗な天井が映る。


「あまり悲観的になりませんように。私はあなたの敵ではありません。むしろ助けになるために、今こうして話しているのですから」


「助けに? 姿も見せない人がですか?」

「ええ。これからその証拠をお見せしましょう。もうすぐ、来るはずですから」

「来るとは、一体何が……」


 ピンポーン。


 カンナは言葉を切った。玄関からチャイムが鳴り響いたのだ。


「来たようですね。出てください」


 何がなんだか理解できぬまま、カンナは立ち上がって玄関へと向かう。久しぶりに立ったかのように、足はガタガタと震えており、ゆっくりとした足取りで歩いた。

 扉を開けると、一人の配達員が外に立っていた。


「こんにちは。神崎カンナ様ですね?」

「はい。そうですが」

「こちら、あなた宛のお荷物です。判子かサインをお願いいたします」

「はい……」


 カンナは言われるがままサインを書き、小さめのダンボール箱を受け取った。


「確かに。ありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」


 配達員は呆然と立ち尽くすカンナを置いて、去っていった。


「お届け物を受け取りましたか?」


 部屋へと戻ったカンナに、Yは声をかけた。彼女の行動が全て見えているかのようなタイミングだった。


「ええ……。これは一体?」

「今のあなたに必要な物です。これより、外に出ていただくのですから」


 カンナが荷物を開けると、そこには長袖のシャツとスカートが入っていた。


「そちらに着替えて、外に出てください。それからしていただくことは……」




 それから数分後、渡された私服に着替えたカンナは、部屋の外へと出た。


(あのYという声の指示に従ってしまいましたが、本当に大丈夫でしょうか? 私の助けになるという言葉は信用できるかもしれませんが)


 歩く間も、彼女の疑念や想像は止まらなかった。


(しかし、次の指示は一体何なのでしょう。"この町に住む、私と同年代くらいの少年に接触しろ"と言っていましたっけ?)


 当てもなく、町中を彷徨うカンナ。すれ違う人々の中には、まだ条件に合う男はいない。


(それにしても接触、とはどうすればいいのでしょうか? ただ声をかければいいのか、後をつけて、自宅を特定すればいいのか……いえ、それはいけませんね)


 あれこれ考え、ふと視線を上げたカンナの前には、一人の少年が歩いていた。


 少年の背丈はカンナとほぼ同じ。カンナは意を決して、少年の目の前に躍り出た。


「あの、少しよろしいでしょうか?」

「……はい、何か?」


 突然現れた少女から、間違いなく自分に向けて言われた少年は面食らった。


(どうしましょう、何と言えばいいか全く考えていませんでした。謎の声に導かれて、あなたに接触することになりました。などと言っても理解されるはずはありませんし……)


 声をかけてから、カンナは考えこんでしまっていた。

 ずっと黙ったままの彼女を不審に思ったのか、少年は逆に声をかけた。


「あのー、大丈夫?」

「はい、私は問題ありません」

「それならいいけど。俺、用事あるから。失礼」


 少年は踵を返して、来た道を引き返そうとした。


「待ってください」


 チャンスを逃すまいと、カンナは再び少年の前へと立ち塞がる。


「何? 変な宗教の勧誘なら、お断りなんだけど……」


 カンナは咄嗟に考えた答えを口にした。



「あなたと、お近づきになりたいのです」



 少年は一瞬固まり、我に返った時にはまごついていた。


「あの、それはどういう、意味……?」

「ですからあなたとお近づきに」

「へっ?」


 カンナは一歩踏み出す。少年は思わず、半歩下がった。


「なりたいの」

「ちょっ」


 カンナはまた一歩踏み出す。少年は動揺して、今度は動けなかった。


「です」


 少年との距離、約10センチの所で、カンナは足を止めた。視線はお互いの瞳を見つめている。

 涼しい顔をしたカンナと対象的に、少年の顔は紅潮し汗が頬を伝っていた。


「そ、そういうのはなんていうか、初めて会ったばっかじゃ……お互いのことをよく知ってからじゃないと……」


(言われた通りにしましたが、これで正解なんでしょうか? そういえば、お近づきになりたい、では接触ではなく接近ですね。私としたことが、間違えました)


 考えるカンナには少年の言葉は届いていなかった。

 カンナは勝手に考えをまとめると、少年の手を掴み、両手で握った。そして更に紅くなった彼の顔を見つめた。


「これでいいのですか?」


「い、いきなり何を……。あっ、ヤベ遅れる。悪いけどこれで!!」

「あっ、待って……」


 しかし少年は、無理矢理手を振りほどくと一目散に去ってしまった。




「おかえりなさい。いかがでしたか?」


 少年が去った後、カンナはYのいる部屋へと戻り、結果を報告した。


「それが、お声をかけましたが、逃げられてしまいました」

「逃げられた?」

「はい。言われた通りにしたと思うのですが」


 カンナはYに、事の顛末を話した。


「……なるほど。それでは彼が困惑したのも納得です。私が言った接触とは、『この近くに引っ越してきました』というような挨拶程度の話をしろという意味です。体に直接触れろということではないのですよ」

「そうだったのですか」


 Yは、少し呆れ気味に説明した。カンナはどこか他人事のような返事をする。


「それに、接触と接近を間違えるとは。あなたはどこか早とちりや聞き間違い、勘違いが多いようですね。……わかってはいましたが」

「そう……なんでしょうか」

「まぁいいです。それで、あなたが出会った人はどういう方でしたか?」

「背丈は私とそう変わりませんでした。なので同年代かと。髪は癖毛で、黒髪でした」

「それはこんな人ですか?」


 画面には、まさしくあの少年が映し出されていた。癖毛の髪型もやや冴えない顔も、そっくりそのままだった。


「この方です。間違いありません。……でも、なぜあなたがこの画像を?」

「詮索は無用。首尾は上々です。感謝しますよ、カンナ」


 Yはそれ以上の質問はさせまい、といった調子で言い切った。カンナは黙ってしまった。


「それでは次の段階へと移ります。もうすぐ届け物が来ますので、それからお伝えします」


 ピンポーン。


 その言葉通り、再びチャイムが鳴った。



 数日後。花暁町の私立高校『花暁第一高等学校』、通称花暁一高にて、新学期の始業式が執り行われた。


 同校二年三組。そこに、カンナが『接触』して逃亡した少年がいた。黒板を正面に、一番右側の最後尾の席で、誰とも話すことなくボーッとしている。彼の隣は空席だった。


 その時、ガラリと戸が開き、担任の教師が入ってきた。黒髪ロングヘアーでサバサバした雰囲気の女教師だった。


「えー、ご機嫌よう皆さん。今日からこのクラスの担任を務めさせていただく大山です。よろしく」


 大山は全員の前で挨拶した。パラパラと拍手が起こった。


「新学期早々だが、三組に新しい仲間が入ることになっている。仲良くしてやってくれ。今呼んで来るからな」


 大山は廊下に出た。途端に、教室内がざわつき始める。


「ねぇねぇ、編入生ってことだよね!? どんな人だろう……」

「イケメンがいいな〜。可愛い女子でも良し」

「期待しすぎない方がいいな。ぶっさいの来るかもしんねーぞ」

「それな。そんな漫画みてーな展開、あるわけねぇっての」


 ガヤガヤとする中でも、かの少年は静かに頬杖をついている。


 そして、もう一度戸が開く。


 大山に連れられた編入生は、オレンジ色の髪に深いブルーの瞳をしていた。

 紛れもなく、神崎カンナである。


(あ、あいつ……!)


 少年は声を出すのをなんとか堪え、心の中で呟いた。


「編入生の神崎カンナさんだ。詳しくは本人から。できるかな?」

「はい。神崎カンナと言います。よろしくお願いします」


 教室内が、またざわつき始める。カンナの容姿が整っていたことや、清楚な雰囲気に男子のみならず女子までもが魅了されつつあった。


 室内を見渡すカンナと、少年の視線が再び合った。その瞬間、互いに昨日の記憶が蘇った。


「よし、それじゃあ席は……」

「あの、あの方の隣がいいです」


 カンナは少年の隣の空席を指さす。


「ん? ああ、そうだな。そのつもりでいたからな。じゃ、席についてくれるか」

「はい、わかりました」


 カンナはつかつかと少年の隣まで歩き、静かに座った。その間も、クラス内の視線はカンナに注がれ、ざわつきは収まらなかった。


「……わざわざご指名とはどういうつもり?」


 少年はカンナに小声で尋ねる。


「しめい? 私の氏名は神崎カンナです。昨日も、お話しましたよね?」


 カンナはきょとんとした表情で尋ね返した。


「いやその氏名じゃなく……」

「おーい。ホームルーム始めるんだから、静かにしろー」


 大山の一声で、教室内は静まり返った。


「とにかく、お近づきになれましたね。これからよろしくお願いします、お隣さん」

「……キセキ」

「え?」

「俺の名前。霧山キセキ。よろしく」


 霧山キセキはぶっきらぼうに言うと、カンナから目を逸した。


「ええ。よろしくお願いしますね、霧山キセキさん」


 キセキは目を逸したままだった。


 黒板に何かを書く大山を見ながら、カンナは脳内で思考を駆け巡らせていた。


(高校に編入学しろと言われた時には不安でしたが、良い人ばかりで安心しました。霧山さんは目を合わせてくれませんが、おそらく照れ屋さんなのでしょう。きっといいお友達になれる気がします。これから楽しみですね)


 勘違い少女の、学校生活が始まろうとしていた。

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