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9


 食べ物を分けてくれませんか、と俺は言った。


「食べ物、ですか」


 女性は刹那逡巡したような表情を浮かべたあと、ごめんなさい、と頭を下げた。


「それは出来ません」

「で、出来ない……んですか」

「はい」

「あの、パンの1切れだけでも構わないんですけど。それも無理な感じですか」

「ごめんなさい。食べ物はあるのですけれど、外には持ち出せないんです」

「外には()()()()()()?」

「はい。ですから、よろしければ中の方へ」


 女性はそのように言い、中へ入るよう促した。

 嫌な予感が全身を貫いた。

 この人――中へと誘き寄せるつもりなのか?

 そのような疑念が生まれて、それは瞬く間に膨らんだ。

 俺は先ほど妖精に化けたモンスターに騙されたばかりで疑心暗鬼になっていた。


「あ、い、いえ、結構です」


 俺は慌てて首を振った。


「どうして? お困りなんでしょう?」

「そ、そうですけど」

「なら、どうぞ遠慮なさらずに」


 女性は微笑んだ。

 その美しさのせいなのか、それはとても妖しげに見えた。


 ――出ていけ


 と、その時。

 どこからともなく声がした。

 

「え? な、なにか?」


 俺は女性に言った。

 しかし女性は微笑むばかりで、何も言わない。


 おかしい、と思った。

 先ほどの声は男だった。

 壮年男の、低い声。

 この女性の声音ではなかった。


 動悸はどんどんと早くなる。

 おかしい。

 ここは絶対に――おかしい場所だ。


「さあ、どうぞ」


 女性が急かすように言った。


「け、結構です!」


 俺は踵を返して走り出した。

 もう、彼女が化け物にしか思えなかった。

 時々振り返りながら、無我夢中で走り続けた。


 ▼


 どのくらい走り回っただろうか。

 気が付くと、舗装された道から完全に逸れてしまっていた。

 まずいと思って元いた舗道を探したが、見つからなかった。

 やがて辺りを暗闇が包み始めた。

 俺はパニック状態に落ちかけていた。

 

 どこかで獣の遠吠えがした。

 モンスターの気配が増していく。

 森の中はもう完全に暗闇に包まれている。

 

 俺は闇雲に走り出した。

 とにかく森から出たいと思った。

 と、その時、足がずぼりと地面にめり込んだ。

 そしてそのまま腰まで浸かり、さらに沈んでいった。


「うわあああああああ!」


 俺は錯乱状態に陥り叫び声をあげた。

 しかし、もがけばもがくほど、体は地面にのめり込んでいく。

 沼地だ。

 それも、底無し沼。

 恐怖が全身を包み込んだ。

 顔まで沈むと大量の泥土が口の中に侵入してきた。

 俺は構わず叫び続けた。

 確実に迫る死への恐怖で叫び続けた。


 そしてやがて。

 俺の身体は、頭の先まで沼地の奥へと完全に埋まっていった。

 

「あああああああああああ――ぁぁぁぁぁぁ……」


 人気のない森の奥深く。

 俺の叫び声は誰の耳に届くこともなく、静かに消えていった。



dead end

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