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「すいません、道に迷ってしまったんです。申し訳ないのですが、一晩泊めていただけませんか」
不躾なことは承知の上で、俺は頭を下げた。
既に辺りは薄暗い。
これから森の中を進めば道に迷い、野宿をすることになるかもしれない。
「まあ。それは大変ですわね」
女性は一瞬驚いた表情になったあと、すぐに優しく微笑んだ。
「どうぞどうぞ、お入りくださいませ」
扉を開き、躊躇なく中へと誘導する。
「え、あの、い、いいんすか?」
思わず聞いてしまう。
さすがに上手く行き過ぎだと思った。
「もちろんです。道に迷ってお困りなんですよね?」
「は、はい、そうなんですけど」
「それなら、どうぞ」
満面の笑みで小首を傾げる。
美しい金の髪がたらりと垂れた。
「あ、ありがとうございます」
俺は刹那躊躇ったあと、屋敷の中へと足を踏み入れた。
そしてその途端、違和感に気付いた。
エントランスホールが明るかったのだ。
頭上には豪奢なシャンデリアがあり、その光が煌々と駄々広い玄関を照らし出している。
さっき外で屋敷を見たときは、確実に暗くなっていたはずだ。
バタンッ、という大きな音がして振り返る。
すると、玄関の扉が閉まり、がちゃり、と重々しい施錠の音がした。
「疲れたでしょう。さあ、こちらへどうぞ」
彼女はそう言うと、屋敷の奥へと向かった。
い、今のはどういうカラクリだ?
自動で閉まるような装置でもあったのか?
俺は少し躊躇ってからついていった。
耳の裏で、扉が閉まったときの大仰な音が、いつまでも響いていた。
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それから俺は寝室へと通された。
縦横に廊下が伸び、とてつもなく広い屋敷だったが、彼女以外の人間は見かけなかった。
道々、女性は大変でしたわねと俺を労った。
「私はリーゼと申します。リーゼ=ルーラー」
「俺はタナカと言います」
「タナカ様、ですか。珍しいお名前。旅の御方ですか」
「ええ、はい、そうです。すいません、いきなり訪ねて来て」
「大丈夫ですよ。時折、いらっしゃるんです。この辺りは人家がなく魔物も多いですから」
「そうなんですか。えと……リーゼさんは、この屋敷に1人で住んでらっしゃるんですか」
「はい。かつては父と母も住んでいたのですが、2人とも早くに亡くなって。跡取りがいないものですから、私が1人遺される形で」
そうなんですか、と俺は相槌を打った。
平静を装おってはいたが、俺はいよいよ訝った。
この女性はどうして1人でこんなところに住んでいるのか。
どうして1人きりでこのような豪華なドレスを着ているのか。
屋敷の手入れは誰がしているのか。
彼女の身の回りの世話は誰がしているのか。
頭の中で様々な疑問が生まれては消えていった。
「今日はちょうどパーティーがあったんです」
まるで心を読んだように、女性は再び口を開いた。
「パ、パーティー?」
俺は眉を寄せた。
「ええ。とても良い催しになりました」
「こ、こんな森の奥で、パーティーを」
「はい。遠方から多くの来賓がいらしてくれて。私もすごく楽しかった」
「は、はあ。それは、いつ頃まで」
「つい先ほどまで。最後のお客様を送り届けたすぐ後に、あなたが訪れた」
「そ、そうなんですか」
俺の胸は早鐘を鳴らし始めた。
明らかにおかしいと思った。
この屋敷は、俺がやってくるまで完全に真っ暗だった。
そして、この袋小路にある屋敷にやって来るには、あの細い脇道を通るしかない。
俺は、誰ともすれ違わなかった。
「さあ、ここでございます」
リーゼは扉の前で立ち止まり、扉を開けた。
俺はすいませんと会釈をして中に入った。
室内は薄暗かった。
設えられた燭台の上で蝋燭の火が頼りなく揺れている。
ここに至り、俺は確信した。
この人は嘘を吐いている。
俺は辺りを見回した。
寝室はまたぞろとても豪華だった。
ダブルサイズのベッドが3つ置いてあり、四方には高価そうな調度品が並べられてあった。
「それでは、ごゆるりとお休みくださいませ」
リーゼは優雅に挨拶をして踵を返した。
あの、と俺は背中に声をかけた。
それから彼女に向かって――
A あの、この蝋燭の火は誰が灯したんでしょうか。 と、聞いた。
B 貴様、人間のフリをした化け物だな! と、先制攻撃を仕掛けた。
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