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オーク(たんぽぽ保育園勤務)

 オーク。

 たんぽぽ保育園勤務。保育士資格。


「たいきくん、よすがちゃんばいばーい!」


 そう手を振ると、ばいばーい! と返ってきた。


 元気そうでなによりだ。


 そんなことを考えていると、園長が俺をじろっと見る。


「いやいや、園児ともよい関係が築けているようでなによりですな」


「ただ、もう少し距離感に気遣った方がよろしいかと……」


 俺は背筋を伸ばし、すぐに頭を下げる。


「至らず申し訳ありません」


「いや、わかっているならいいんだよ」


 と、園長は言った。

 俺は他の保育士と同じように振舞っているつもりなのだが、ここではよく距離感に気を遣えと言われる。


 オークは粗暴で乱暴な種族だと、昔から言われている。

 一昔前までは保育士免許の取得可能種族にオークが含まれていなかったくらいだ。


 だから、これは偏見によるものなのかもしれないし。

 本当に俺がおかしな行動をしているのかもしれない。


 気を付けてはいるのだが、いつだって判断は難しいものだ。


 真偽のほどはわからないので、こういう時は素直に頭を下げるようにしている。


 園長は悪人ではない。

 善人がオークを心配するのは当然のことだろう。


「それでは失礼します」


 この生きづらさはなんだろう。

 俺がオークで愚かだからわからないのだろうか。


「ただいま」


「おかえり~」


 家に帰ると気だるげな声で妻のエルフが手を振ってくれた。


 スーパーのパートで疲れているのだろう、いたわらなければ。


「あ、いいからそういうの。それよりも……ね」


 妻に両手を差し伸べられて気づく。

 そういう約束だった。


 俺は妻を抱きしめて頬にキスをすると、妻はくすくす笑う。


「元気になった?」

「ああ」


 エルフは賢い種族だと言われている。

 その深淵な思慮は他の種族には計り知れないものだと。


 ちなみにつきあった当初思ったのは「いや、これって単に物事を深く考えていないだけなんじゃないか?」だった。


 妻は俺の誕生日を忘れるし、ゴミ出しの日も忘れるし、結婚記念日のプレゼントに気合を入れてもその由来や意味に無頓着なようだった。


 エルフとオークのカップルというのはだいたいそういうものらしく、大抵は別れることになるそうだ。


 だが、俺たちは結婚した。


「ねぇ、知ってる? オークって大脳が大きいんだって」


 俺の頭を抱きしめた妻が続ける。


「だから、考える力がとてもつよいんだって」


「大脳の容量は知能に強く関係するから」


 最近の医療研究ではそう言われているらしい。論文も読んだ。

 だが、俺がエルフよりも賢いとは思わない。


 賢さとは何かという定義の問題でもあるが。


「だから。君は考えすぎなんだよ」


 しなだれかかる妻の体重にあらがわずに、そのまま床に伏せる。


「なんだい、あの悲しそうな顔は。何があったんだい。言ってみろよ」


 思い煩うことはたくさんある。


 昨今であれば園長との一幕のことだろうが、俺と妻の間にできた子供のことの方が心配だ。


 医師によれば。

 オークとエルフの間にできた子は一般的なエルフの体格よりも大きな身体で産まれるため、母子ともに危険があるそうだ。


 それなりに覚悟はして事に望んだつもりだが、妻にも子にも絶対死んで欲しくないし、俺だけが安全であるというこの状況が嫌だ。


 なぜ俺がすべてのリスクを背負えないのかと時が経つたびに考える。


 子供がエルフとオークのハーフだと学校でいじめられたらどうしよう。


 無論、産まれてくる子を幸せにするため死力を尽くすつもりだが、この世に絶対はない。できることをすべてやれているかどうかと考えると。

 

「だから、考えすぎなんだって」


 慰められてしまった。

 こんなことではいけないな。


「そうだな。もう大丈夫だ」


 俺は途端笑顔になって、妻を抱きかかえ2,3ほど回転する。

 身ごもっているのでゆっくりめに。


 妻はこうされるのが好きなのだ。

 風を頬に感じつつ妻が続ける。


「君たち短命種は物事を気にしすぎなんだよ」


「ただでさえ寿命が短いのに、余計な苦しみで人生を浪費することはないよ」


 実際そうなんだろうが。

 俺はそこまで達観できない。


 だからこそ、そんな妻に惚れたんだが。


 はっと気づく。


「短命種は現代じゃ差別用語だぞ」

「え~~、そうなの? じゃあなんて言ったらいいの? 寿命が短いやつ?」


 そう返されても困る。

 差別とは必要に駆られて発生するもので、そのカウンターたる言語の禁止も必要から生まれるものだ。


 ゆえに代替語の発生は後付けになる。


 閉口する俺を見て、永い時を生きる彼女はくすくす笑うだけ。


 妻はどこまでも自由で、澄んでいて。

 髪の一糸までも愛おしい。


 千年前は殺し合いをしていたエルフとオークも現代では婚姻が許されていて。

 俺はまだ20にも満たない若造だが、妻は1200歳を超えている。


 オークの愚かで汚い部分をたくさん見ているはずなのに、素で差別用語を使うこともあるのに、俺を不当に扱ったことは一度もない。


 お前はいい母親になるよ。

 俺もいい父親になるからな。


 そう思って。

 ただ、妻にキスをした。

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