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黒幕

2018年 インディペンデントシティ

 「ここがバドスクラブか・・・」公園のベンチに座る一人の老人がベンチの下に寝そべる女ホームレスに話しかけている。「工事は・・・おおむね終わっているようですね。」とやけにはきはきした物言いでホームレスは答える。

 彼らが眺めていたのは四階建ての大きな建物だ。光沢のある黒い外壁いっぱいに「バドスクラブ」と書かれたネオンサインが覆う。電源はまだ入っていないようで、何色のネオンサインかは分からない。

 駐車場に資材が置かれ、トラックが何台か停まっていた。また建物の上部には工事用の足場が組まれている。

 ここはオープン予定のナイトクラブの建物だ。今建設工事の最終段階に入っているようだ。

 だがこの建物には裏があった。まず経営主体だ。経営者は投資家のヘンリー・マークスだ。かなりやりての投資家であるが、実は彼はアイルランドギャングからの借金を元手にして投資をして成り上がった男だ。噂ではアイルランドギャングに自身の利益の一部を渡しているともいわれている。

 そしてこのクラブで雇われる従業員。女性のダンサーは大半がまだ少女と言われる年齢である。アイルランド人の「風俗従業員斡旋ブローカー」が集めているらしい。

 用心棒はガラの悪そうなアイルランド移民の男達である。筋肉質で入れ墨が多く、傷だらけの彼らは明らかに裏社会に関係ある人物である。

 その他の従業員は一般人だが、なぜかアイルランドギャングの傘下にある闇金業者に負債を抱えたものが多い。

 そして現在完了しようとしている工事の請負会社。この会社は元アイルランドギャングのレイ・ガーニーが設立した建設会社だ。多くのアイルランド系ギャングの前科者が出所後入社している。

 以上からも分かるようにこのクラブはアイルランド系ギャングのコーネリー一派が実質的なオーナーである。そしてその経営体制は違法なものだ。ブローカーが集めてきた女性従業員は皆少女であり、人身売買によってアイルランドギャングの『所有物』となっている。その少女や闇金で首が回らなくなった者達はヘンリーの下に送り込まれてクラブハウスの運営のために使役される。店の護衛についてはアイルランドギャングが担い、全体の利益はヘンリーとアイルランドギャングで折半する。

 そのような違法な施設であるが、それを眺める老人とホームレスもまた裏のある人物であった。まず老人だが、彼の正体は軍事会社経営者のバーナードだ。ホームレスに扮しているのは彼の部下であるエレーナだ。二人はハラス収容所から脱獄したアイルランドギャングのボスコーネリー暗殺のために奴が潜伏しているとの情報があるクラブハウスの偵察をしていたのだ。


2時間後 

 バーナードは「食い物をやろう」と言って立ちあがり、エレーナも後をついていくように去る。

 入れ替わるようにやってきたのはジョギング休みをする様子の男だ。その男のとなりに腰かけるのは観光客と思われる中国人。二人は黙って工事中のクラブハウスを眺め始める。

 彼らもまたバーナードの部下であった。ジョギング男も中国人観光客も元軍人で、今はバーナードに雇用されている。ジョギング男は体術を得意とするリーストン、観光客はメカニックとして有能なチョクだ。

 「おっと・・・」すこし声を上げるチョク。工事中の敷地内に明らかに異質な黒いSUVが乗り込んで来たのだ。SUVの後部座席から黒服の男が下り、助手席を開ける。すると白衣を着た白髪の男が下りてきた。顎鬚を整えた細身の老人だ。彼は黒服に手渡された茶色の皮バッグを受け取って店内に入る。黒服は玄関前で待つ。

 「顔写真を見る限りコーネリーではないな。」と写真を示しながらチョクが言い、リーストンは煙草を取り出しながら「ああ。」と返事した。

 数分後、白衣の男が戻って来た。黒服はバッグを受け取って助手席のドアを開ける。男は乗り込み、SUVは発進した。

 「よし。」リーストンは無線機を取り出すと「黒のSUVが発進しました!追って下さい!」と言う。

 

 公園の裏手の横の駐車場の車の中にバーナードとエレーナが戻ってきていた。

 「今の無線聞いたか?」とバーナード。「ええ。」と答えてエレーナはエンジンをかけた。

 駐車場の目の前を黒のSUVが走り去る。「よし、行きましょう!」「ああ、頼む。」

 エレーナはSUVとの間に二台挟んで追いかける。


 10分後 

 「なかなかな工業地帯だな。」沢山の煙が立ち上る工場用煙突や立ち並ぶ発電所などを見ながらバーナードは呟く。

 「ええ。ここはアメリカ共和国内でも屈指の工業地帯ベルラッソですからね。」とエレーナが答えて前のSUVの動きを追う。

 「あ!SUVがあそこに入るようです!」「よし。俺がどんな場所か見るから君は通過してくれ。」「承知しました。」エレーナは速度を変えずに通過する。

 「こりゃ驚いたな・・・」バーナードはチラリとSUVが入った場所をみてから呟いた。SUVは「ダットン製薬 インディペンデント第四精製所」の敷地内で停まり、白衣の男は施設から出てきた作業服の男達に肩を並べて歩き出したのだ。


 2時間後

 ホテルでバーナードは電話をかけていた。「やあライリー、あんたの上司たちにインディペンデント警察を動かすように助言をしてくれ。」「一体どうした?」「コーネリーが潜伏しているとの情報があったところを見張っていたら何とダットン製薬の研究員の爺さんが出入りしていたことが分かった。」「何だって!?きな臭いな・・・」「だろ?だから警察に圧力をかけてダットン製薬のインディペンデント第四精製所を調べた方がいいと思うぜ。奴の乗ったご立派なSUVはそこに入っていきやがった。」

「分かった。報告しておく。」「ああ、頼んだ。それじゃ・・・」「なあ、バーナード。」「うん?どうした?」「無事に帰ってきてくれ。あとな・・・お前の軍隊時代の過ちに関しては・・・俺は知らない。上司を使ってペンタゴンの連中に情報を消させた。」「・・・助かったよ。」「いいさ。・・・無事に帰ってこいよ。」「ああ、もちろん。」「それじゃあな。」「ああ。」

 受話器を置いたバーナードは一瞬窓の外を眺めて椅子に腰かけた。「あいつ、あんなにいい奴だったかな?」少し笑みを浮かべてバーナードはつぶやいた。


二日後 真夜中

 「よしチョク、頼んだぞ。」とバーナード。チョクはタブレットを見ながら「ええ。」とつぶやき、タッチパネルを操作し始める。

 ラジコンカーが動き始めた。ラジコンカーに内蔵されているカメラが工事現場の様子を捉える。

 一見何も無いように見える工事現場だが、ところどころに暗視ゴーグルをかけた警備がいる。皆直立不動だが常にライフルを持っているようだ。

 「そろそろやるか!」と言ってチョクがタブレット上のボタンを押す。

 ラジコンカーがすさまじい勢いで走りながら複数の筒を吐き出す。筒は爆破し、煙と火花が飛び散った。

 そして玄関前まで来たラジコンカーは・・・爆発した!


 「くそっ、何だよ!」警備兵二人は倒れ込んでせき込む。


 「行きますよ!」エレーナが思いっきりアクセルを踏む。車は目の前を走り回る警備をなぎ倒して玄関に突っ込んだ。

 クラブハウスの内装はほぼ完成していた。紫色の光が内部の空間を照らし、その下にはカウンター席とテーブル席がある。テーブル席はステージに面して配置されている。中央のステージでは少女を躍らせる予定なのだろう。

 階段前にいた用心棒二人が襲い掛かって来たが、リーストンが蹴りを入れて対処した。

 「よし、行こう!」銃を構えながらバーナード一行は慎重に階段を上がる。

 「何だこの音は!?」バーナードはいきなり立ち止まる。そして少し笑う。「二階はディスコフロアだな。階下の騒ぎがまだ届いていないようだぜ。」


 二階は確かにディスコフロアであった。ミラーボールが回り、音楽が流れている。だがダンスステージにもDJ席にも誰もおらず、フロアで踊る人もいない。しかし、運び込まれた一組の机と椅子にてある人物が軽食をとっていた。

 「よお!」叫んでバーナードが一発撃った。ミラーボールが落ちる。

 男はゆっくりと振り向いた。「よお。俺を殺しに来たらしいな。」そう言ってじっとりと一行を眺めたのは標的であるコーネリーだ。これから殺されるのに随分と余裕ぶっている。

 「何か変ですね・・・」とエレーナ。「ああ、何かがおかしい。」とライフルをコーネリーに向けながらバーナードも警戒する。

 「さてと・・・俺を殺しに来たんだな?いいだろう。」「じゃあいくぞ・・・」「ああ、だけど俺が殺されると同時に・・・」そう言って指を鳴らすコーネリー。すると目の前のステージがいきなり下がり始める。エレベーター式になっているようだ。

 「何の真似だ!」「見てれば分かる。俺を殺さないで待つことをおすすめするよ。」するとステージが上がって来た。

 「どういうことだ・・・」ステージ上の光景を見てバーナードは目を見開く。そこには椅子に縛り付けられて猿轡をかませられたライリー、そして彼の頭にピストルを突き付けるライリーの部下レイラだ。「あんたがコーネリーを撃てば私はあんたのお友達を殺すわ。」彼女は不気味な笑顔を浮かべながらそう言い放つ。

 「どういうことだ!なぜあんたがライリーを監禁してここにいるんだ!?」「何故かしらね。本当は教える義理はないけど教えるわ。この男がダットン製薬の捜査をするように奴の上司に提案しようとしていたからよ。誰かさんからの電話を受けての提案だったみたいね。そしてこの馬鹿な男は・・・私を部下として信用していた。何とダットン製薬の捜査を提案するつもりだという事を私に話した。馬鹿な男よ!当然私は隙を見て彼を拘束したわ。奴がろくに監視もしていなかった精神病棟で私がどんなに楽しいことをしていたか見せるために精神病棟の私の部屋に監禁したわ。新薬開発実験のために罪なき人々を犠牲にするわけにはいかないわよね?でも・・・凶悪犯ならばいいわよね?」けらけらと笑いながら語る彼女の様子を見て背筋に寒いものが走るバーナード。

 「くそ・・・だがこいつはあんたの言う凶悪犯だぞ!」「そうかもね・・・だけど私はあんたみたいな単純な考え方はしないの。凶悪犯の中にはかなり使える・・・じゃなかったわ、協力的な人もいるのよ。例えば私が気に入っていた囚人のフーバーとかね。彼は私のお気に入りだったから被検体にはしなかったのよ。でも私が何をしているか知っていた。だけどあのバカな脳筋野郎は私が少し優しくするだけで私の手下になったわ。奴は簡単に洗脳できる!なにせ私のためにコルレッリを始末してくれたしね・・・私は被検体不足のために人身売買をしているコーネリー一派と手を組みたいと奴に相談したの。奴の弁護士とコーネリーの弁護士は同じだからフーバーは弁護士を通じてコーネリーの手下達と連絡を取って取引を仲介してくれたの。コーネリーさん、あんたも強欲な男ね。自由の身になりたいという願いだったわね。私は優しいから彼の頼みを聞き入れて差し上げたの。」「ああ、感謝してるぜ。」とにやけるコーネリー。「で、脱獄事件を起こしたのね!?」とエレーナ。「そうよ。私はあなたくらい賢いのよ、エレーナさん。ダットン製薬の協力者がアロウ財団の連中を雇ってくれた。あの殺し屋連中にはハラス収容所の構造をリークして、さらに当日は幹部権限でコンピュータにアクセスしてシステムダウンさせたやったわ。そしたらあの大惨事よ!ハハハハハ・・・・ああ、おなか痛い。」レイラは完全に狂った女だ。彼女は興奮状態でずっとしゃべっている。「まあ厄介だったのがコルレッリね。奴はコーネリーと取引しようとした。アイリッシュマフィアとイタリアンマフィアのくだらない抗争を気にしていたのよ。コーネリーさんは奴のくだらない取引に応じて休戦協定を結んでやったのよ。それからホベット。奴は私でも驚きの洗脳術を使って、驚いたことに複数の脱獄犯を洗脳してしまった。まあ私には関係ないわ。レイプによって子孫繁栄を目指す気持ち悪い教団になんて興味ないわ。でもおかげであなた達が・・・・真相にたどりつくまでに時間がかかったわ。あんたたちが教団に対処している間に私はコーネリーとの取引によって新しい被検体を確保して・・・有意義な実験が出来たわ。」

 ライリーは目で何かを訴えている。「コーネリーと彼女を殺せ!」と彼の目は語っていた。だがそうしようとした時恐らくレイラがライリーを殺してしまうだろう。

 刑務所長ライリーはこんな厄介な事態を招いた張本人だ。バーナードに自分が管理するハラス収容所からの脱獄犯の殺害という無茶な汚れ仕事を依頼してきた。彼の軍隊時代の不正を脅しの材料として依頼に無理やり従わせたのだ。一見するととんでもない極悪人だ。だがライリーとバーナードが軍隊時代の友人同士であったことも確かだ。彼らは愛国心を礎として団結し、互いを良きライバルとして学び合った。だが愛国心溢れる高潔な兵士という彼らが抱いていた軍隊像は無様に打ち砕かれることになる。暴行事件、拷問事件、酒に酔った喧嘩、収賄、レイプ、そして組織によるそれらの暗部の隠蔽・・・腐敗した軍隊像が二人の目の前に浮かびあがった。そして二人はその黒い流れに飲まれてしまう。バーナードは武器を違法ブローカーに横流しした。友人であるライリーは彼の不正に気付いていたが見て見ぬふりをし、大統領の自己満足のためのイラン侵攻で大勢の罪なき人を殺害した。バーナードは金を稼いで引退し、軍事会社を設立した。同じ時期に引退したライリーは政府関係者のコネで司法省に就職して刑務所長に抜擢された。別々の道に進んだ二人であったが、ずっと友人関係は続けた。

 「無事に帰ってこいよ・・・」と言うライリーの電話越しの声がバーナードの耳に残る。依頼者や脅迫者ではなく友人としての温かみのこもった声だった。長年付き合いのある者の声だった。

 「皆すまん・・・できない。」バーナードはがっくりと膝をつく。コーネリーを殺すと同時に友人が死ぬ。それは見たくなかった。

 「さてと・・・あなたのご友人はもう少し預かるわね。」レイラはそう言いながら腰からナイフを取り出し、ライリーの拘束を解いて立ち上がらせた。

 「あばよ!」コーネリーは立ち尽くす四人の刺客をねめつけながら立ち上がる。

 そのときだった。「何よ!」いきなりわめきながらライリーがレイラに体当たりした。「このクソ野郎!」レイラはわめいて立ち上がりながらピストルを抜く。コーネリーがバーナードに向かってピストルを突きつけようとした時、その頭が吹き飛んだ。リーストンだ。

 「この男は優秀よ!まだ使えたのに・・・」そう言ってレイラはライリーの頭を吹き飛ばす。

 「クソババア!!!!!」雄たけびを上げてバーナードはレイラに向かって机を投げた。レイラが少しよろける。「ぶっ殺してやる!」バーナードはレイラに両足を撃つと彼女を押し倒し、口にライフルを入れて引き金を引いた。「うっ!」レイラの口から血しぶきが飛ぶ。即死だ。

 だがバーナードはレイラの体を二回力強く踏みつけるとその顔に銃口を向け、引き金を引いた。彼女の顔が吹き飛ぶ。だがバーナードは何度も何度もレイラの顔を撃った。原型がなくなるほどに友人を殺したいかれ女を撃った。

 

 


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