2話 少女たちは出会う
「ちっちゃい?あー確かに」
そう言って、彼女はサラサラとした櫛一本も引っかからない艶のある髪をポンポン叩く。アオは少しだけ顔を青くする。自分たちとはまるで違うその身なりは自分たちとは違う立場であると予想したのだ。しかしまったく気にしている様子はなく、少し安心する。
「あなたも新入生なの?」
「えぇ、そうですよ」
キャンバスの前にドサリと座り、二人に酷評された絵の続きを書き始める少女。
「名前はなんて言うのー?私はアカイ・コウ!!危機管理学部の新入生だよ?」
「私はシアン・アオ。ここの赤いのとは幼なじみ。危機管理学部よ。貴方は美術学部?」
その質問にキャンパスに向き合いながら答える。
「ドール・J・アリス。美術学部です。よろしくお願いします」
『ドール』という言葉を聞いた途端、アオに背筋がピンと伸びる。そして勢いよく頭を下げた。額には汗がにじみ出ていた。
「申し訳ありませんでした!!」
「え、なにこの子お貴族様なの?」
「ばか、コウ!!頭を下げる!!」
そう言って、アオはコウの頭をおさえつける。それをちらりと見たアリスは少し笑みを浮かべる。
「別に気にしていませんよ」
「え!!!本当!!」
コウはその言葉でバッと頭を上げる。この時点で時代が違えば打ち首である。
「あっ、ばかコウ!!」
アオはコウのその行動に焦りの表情を見せるが、少女の顔は穏やかだった。ただ筆を動かし、完成間近の絵の制作を続けていた。
「・・・よし完成」
アリスはニヤリと笑って立ち上がる。自信アリの表情だ。
「え、できたの!!」
コウはキャンパスに顔を覗かせる。キャンパスの絵を見たコウは、笑顔から微妙な表情に変わる。アリスの絵はお世辞にも上手いとは言えない絵だった。
「感想はお聞かせください」
「・・・なんかね、何というか。独特だね」
講評しずらそうに頬をポリポリと掻きながら言う。
その表情をみて、アリスは肩を少し落とす。しかしやがて顔を上げ、笑みを浮かべた。
「そうですか。まだまだですね私も」
アオも完成した作品を少しだけ遠くから見る。そして言いにくそうに口を開いた。
「ドール・・・様は」
「アリスでいいですよ。家名でよばれても反応できないことがありますので」
「・・・アリス様は本当に美術学部なのですか?」
アオは思わずそんな失礼な質問をアリスにぶつける。思わずそう言ってしまったのも無理もない。この学園の美術学部のレベルは高い。美術を志すものであればアルドニア中央学園の美術学部に入学するというのは、誉であり憧れである。そんなところにこんな間違っても上手とは言えない絵を描くものがいるのが疑問だった。
「フフ・・・その無礼な口調はコウさんだけだと思ったけどアオさんも大概ですね」
アリスは口元をハンカチで抑えながら小さく笑う。
「あ、ごめんなさい。私すごい失礼なことを・・・」
「いいですよ」
アリスはそう言いながら、書いたキャンパスを片付け始める。
「いやー。父様に美術勉強したいって言ったら、この学園の合格書もらってきてくれたのです。いわゆる、裏口入学ってやつですね」
「裏口・・・入学って」
なんの後ろめたさもないようなアリスの言葉にアオは言葉を詰まらせる。
「へ?アオ、裏口入学って何?」
「・・・はぁ、コウは『魔法』の扱いはすごいけど、もうちょっと常識とか勉強したほうがいいと思うよ」
コウのキョトンとした表情にアオはため息をつく。
「裏口入学っていうのは、正規の方法では入学できない人を無理やり合格にする。いわゆるずるい帆入学方法です」
「え!!私たちはたくさん受験勉強してきたのに」
「そうです。ズルいんです私。」
アオは、コウのアリスに対する非難とも捉えられかねない言葉に顔を真っ青にする。しかしアリスはその言葉を気にしている様子はない。
「父様が相当この学園に出資していますから。別にこの学園じゃなくても美術の勉強できればそれでよかったんですけど」
アリスは画材をカバンに詰め、ぱたんと閉め、ロックをかける。
「・・・この学園って、そういった入学が多いんですか?」
その質問にアリスは少し考える素振りを見せる。
「うーん。まあ多くはないですが、少なくもありません。この学園、貴族の社交場にもなっていますし。コウさんもアオさんも気をつけたほうがいいかもしれません。私みたいな貴族なんてほとんどいません。私に話しかけたみたいに話すと。何されるかわかりませんから」
そういって、笑みを浮かべた後、アリスは立ち上がって時計を一瞥する。時計の針はすでに新入生の集合時間の五分前を指していた。
「まあ、なにかあったら言ってください。少しくらいなら助けになるかもしれません」
アリスは二人に笑いかけて、手を振りながら、「ではまた入学式で」と言って美術学部のアトリエを後にした。
アオとコウはアリスが見えなくなってから、二人は顔を見合わせた。
「なんか・・・不思議な人だったね」
「・・・ほんとね」
嵐が過ぎたかのように沈黙が二人の間に広がる。アオは時計を見てハッとした。
「てか私たちも入学式行かないと!!」
「ほんとだ!!いそげ!!」
アオが時計を指さし、コウも走り出した。
こうして、ドール・J・アリスとの邂逅は幕を閉じた。二人まだ知らない。アリスという少女が世間でどのような評判なのか。そして、思いのほか早く再会を果たすことを。




