12話 一年後期・現場実習 3
声がしたのは上方。隊員そして学生も空を見上げる。するとそこには「人間」の形をしたナニカがいた。性別があるかどうかわからないが見た目は180センチメートルぐらい男。顔の方に目を向けるとセミロングの白髪に鋭い眼光、そして耳も若干尖っている。しかし、人間とは決定的に違う点が一つ。侵略者と同様に纏っている黒いモヤである。
『さて、知、そして叡智極めし者として挨拶なしは失礼だったな。みなさんこんにちわ。私はクルガーという』
クルガーと名乗った男はそう言って頭を下げる。口元ニヤリとゆがめて、右腕から魔法陣を展開する。
『そしてさよなら』
それを察知して、隊長も指示を飛ばす。
「全員!!構えっ」
その言葉で隊員は一斉に杖を構え、杖先から魔法陣を展開する。しかし次の言葉「撃て」が続かない。
「隊長?」
不思議に思った隊員の1人が振り向く。
唖然とした。驚きのあまり目を見開き、口元は震えている。
そこには魔法お掃除隊 第2部隊B班の隊長、喉元が引き裂かれた姿が映った。
隊長の女は重力に逆らわず倒れる。
ドサッという乾いた音が響き渡る。
「きゃぁぁあ!!」
慌てて駆け寄る隊員。なんとか冷静を保っていた隊員たちの動揺は、呆然としていた学生たちにパニックという形で伝播する。
「やばいやばいやばい!!!」
「逃げなきゃ!!」
「どうすればいいの!?」
学生たちは叫ぶ。
ある隊員は魔人を殲滅せんと杖を構えた。
「攻撃魔法!!!」
そして杖の先から魔法陣が展開される。
しかし魔法が発動、放たれることはなかった。
「え?」
声が漏れ出る。魔法を発動させるための杖は音もなく真っ二つになっていた。
『その魔術は驚異的だ。だが発動されるまでに魔術媒体、杖を壊してしまえばいい』
魔人、クルガーは魔法陣を纏った手を振るう。
「なにして・・・」
言葉は続かなかった。女の胴は切り裂かれていた。胴から血が吹き出て、苦痛の声を上げることすらできず、倒れ込んだ。
1人では対応される。ならば複数人ではどうだろうか。相手は1人、当然対峙する相手が多いほど対処は難しくなる。
4人の隊員は目を配らせ、動き始める。そして四方を取り囲み、杖を構えた。詠唱する。
「「「攻撃魔法!!」」」
魔法陣が展開される。魔法が放つまでにかかる時間は一秒程度。魔人クルガーは、そのうちの3人は魔法が放たれるまでに杖を破壊する。しかしもう一人は間に合わない。
魔法を放つことに成功する。人類が編み出した高威力の魔族を屠るための魔法。光の本流は魔人クルガーを突き抜ける。この一撃にかすりでもしたら塵すら残らない。
はずだった。
『ふむ・・・やはり異様な威力だったな』
「っ!?」
魔人クルガーは無傷だった。半透明な緑がかった正六面体、クルガーはそんな見たことのない魔法によって身を守っていた。
『何を驚いている。驚異的な魔法。私たちはお前たちのその攻撃魔法という魔術に対して研究に研究を重ねた。何十年もな。その攻撃魔法に特化した防御魔術を生み出してから、侵攻するのは常識だろう?』
魔人クルガーは肩についた土埃を払いながら、言う。
「攻撃魔法が効かないなんて・・・」
隊員の一人がポツリと呟く。
攻撃魔法は現代の魔法使いにとって、最強でそして唯一の魔法である。
隊員の一人が身を翻す。
そして走り出した。
「うわぁぁぁあ!!!」
敵前逃亡。重大な隊令違反である。それも守るべき学生たちを捨て置いて。
こうする者が一人いるだけで、秩序は崩壊する。
「ちょっと!!なんで逃げてるの!?私たちは『魔法お掃除隊』でしょ!!立ち向かわないと!!」
「ちょっとずるい!!私も!!」
「どうすればいいの!?」
隊員に動揺が走る。隊員の中には一緒に逃げ出そうとするもの。立ち向かおうとするもの。どうしたらよいかわからず、途方に暮れるもの。その光景はまさに地獄絵図だった。
「うわぁぁあ!!私たちも逃げないと!!」
「隊員の人が逃げ出すんなんて最低!!」
「安全な作戦じゃなかったの!?」
学生たちも、我先にと逃げ始めた。
数分も経たない内に、隊員も半分以上が逃げ始めた。残るのは使命感を持った隊員たちのみ。
クルガーと名乗る魔人は逃げるものを無理に追うことはしなかった。それどころか混乱を極める光景をニヤニヤと見つめ、続いての攻撃を放つことはなかった。まるでそれを楽しむかのようだった。
「学生たち諸君は逃げろ!!私たち隊員は使命を思い出せ!!立ち向かうぞ!!」
勇気ある隊員は死地に赴く。勝算はない。
「早く走れ!!逃げるぞ!!」
教師が先導し、街に走り出す。隊員も含め、我先に逃げようとして残るは僅かな隊員。そして場に残った学生がひとり。
「何してるの!?コウ!!早く逃げないと」
コウである。それに気づいたアオは手を引く。しかし彼女はその場を動こうとしない。
「ねぇ、アオ」
コウはその場に残った隊員を指を指した。
「あの人たち、どうなっちゃうのかな?」
「どうって、魔法も効かないし・・・」
アオは言いづらそうに下を向く。1つしかない攻撃手段を攻略されている。攻撃が効かないとなると、良くて引き分け、そしね大体は・・・。
「私たちと逃げたズルい隊員は生き残って、立ち向かった勇気のある隊員が死ぬ。そんなのって・・・」
コウは地面に転がっていた隊員の護身用に持っていただろう警棒を持つ。そして警棒は光りだす。
「認められない!!」
コウは爆発的な加速で魔人に駆け出した。一直線ではない。
回り込み、魔人の後ろを取る。
そして、地面を蹴る。地面を蹴り上げ、高く跳躍して、クルガーと距離を縮める。警棒を振りかぶる。時間にして、1秒弱。滑らかで、洗練されている動きだ。
「死ね!!」
跳躍した位置エネルギーは巨大な運動エネルギーに変換される。
『なに!?それはもう使われていない魔法だったはず!?』
虚に突かれたクルガーは振り下ろされた警棒になす術なく、直撃する。
クルガーは地面に叩きつけられる。
「!?そこの学生!!逃げなさい!!」
「そんなことよりはやく攻撃魔法撃て!!」
凄みのある声でコウは隊員に指示を出す。ハッとして、その指示に従って、隊員も杖を構える。
「「攻撃魔法!!」」
クルガーに向かって、魔法が放たれる。そしてその魔法は先ほど阻まれた六角形の防御魔法が完成する前に直撃する。土埃に包まれる。
「よしっ!!」
コウは極限の緊張から解放されたのかへニャリと体をふらつかせる。
その瞬間コウがいた場所に光線が放たれた。そしてその光線は後ろにあった岩は穴を開ける。
(あのまま突っ立っていたら私は)
コウに冷たい汗が流れる。力が抜け、体をふらつかせてなかったらコウは胸を貫かれていただろう。
土埃が晴れ、クルガーの姿が現れる。
その姿は先ほどとは打って変わり、左脚と左腕がなくなっており、表情も般若のごとく顔を歪めている。
『はぁはぁ・・・』
クルガーは苦しみのあまり肩で息をするのみで、ギロリとコウを睨みつける。
「まだだ!!はやく撃て!!」
コウは弛緩している隊員に激を入れる。自分たちの唯一の攻撃手段が通用したことに、表情が明るくなっていた隊員たちだったが、コウの激で我に返り、杖を振るう。
「「攻撃魔法!!」」
『何度も喰らうか!!』
クルガーは防御魔法を展開する。今度は防御魔法が攻撃魔法を吸収する。
(間髪入れずもう一撃いれるべきだった!!)
自分の判断力不足に舌打ちする。
『全員叩き潰したいが・・・まずは』
左腕と左脚がメキメキと生えてくる。その光景は人間ではあり得ないものだった。
コウが瞬きをした瞬間、目の前からクルガーの姿がなくなる。そして次の瞬間手のひらが眼前に現れる。
「っ!?」
体を咄嗟に反らす。クルガーの攻撃は空振りに終わる。
『まだだ』
間髪入れず、クルガーは左脚を振るう。コウはそれをステップを踏み、避ける。
(早い!!でも・・・)
クルガーはコウの後ろをとり、帯刀していた剣を振るった。しかしそれをコウは半身で逸らす。
(アリスちゃんほどじゃない!!)
クルガーは突き刺さった剣を引き抜こうと連続攻撃を止める。コウはその瞬間を見逃さない。コウは身を翻し走り出す。
『逃さんぞ!!』
クルガーはコウを逃さんと走り出す。
捕まったら死の地獄の鬼ごっこが始まった。
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「父上!!アリスの遠征先に魔族が!!」
ドアを勢いよく開けたのはハルト。ドール家の長男だった。しかしドール家当主のシュティレは全く焦った様子はない。
「聞いている。落ち着け」
「落ち着いてられるか!!家族の危機なんだぞ!!」
ハルトはシュティレの机を激しく叩いた。
「早く私兵あつめて、向かわせてください」
「その必要はない」
シュティレの表情はそう言い切った。シュティレの言葉にハルトは激昂した。
「あんたな!!」
ハルトは父親の襟を掴む。ハルトは怒りのあまり手が震えていた。シュティレはそれを優しく引き離す。
「お前はアリスのことをまるで知らない」
「はぁ?」
「しょうがない。話してやろう。アリスのことを」




