9話 初めての現場実習
「そういえば、アオさんとコウさん。明日は初めての現場実習らしいですね」
「そう・・・だよ!!」
コウは息を切らしながら、返答する。話題を投げかけたアリスは飄々としていて余裕そうだが、コウの表情は険しい。三人は魔術を使った追いかけっこをしていた。ルールは簡単でアリスが捕まえて、コウとアオが逃げる、捕まえられるまでにどれくらいかかるかというものだ。
「とは言っても、私たちが戦うわけではないんですけどね。先輩たちが戦っているところ見学するだけです」
一足先に捕まったアオは体操座りをして、補足する。
「あーそうなんですね。おっと。コウさん捕まえた」
アリスはそう言ってコウの肩をポンと叩く。コウは「しまった!!」と口をあんぐりと開け、へにゃりと座り込む。
「くぅー--!!ダメだった!!」
「2分30秒・・・まあ、これくらいであればなんとか自分の命だけは守ることができそうですかねー。現地行っても大丈夫だと思いますよ」
アリスは時計を見て、笑顔でOKサインをだす
「えー。2分ちょいでは、ダメなんじゃ」
「一対一ではそうですが、普通は自分のほかに、たくさんの人がいます。ほかの人がやられている間に逃げっちゃってください」
「・・・アリス様ってたまにエゲツナイ発言するするよね」
「アリス様さすがにそれは・・・」
アリスの発言に引く二人。普段アリスの発言を否定しないアオでさえ、素直にうなずくことができない発言だった。
「じゃあ、見捨てなくてよくなるように、誰かを守ることができるまで強くなりましょうか。今のあなたたちでは時間稼ぎも難しいですから」
アリスの歯の着せぬ発言に言葉を詰まらせる二人。アリスは、人の神経を逆なでするような無神経な発言をたまにする。
「でも心配です。これで現場に出ても大丈夫なのでしょうか」
アオはそう言ってうつむく。その表情は不安げだ。コウの方を見ても、少しの不安が見て取れる。
それもそのはず。二人は授業はともかく、放課後のアリスとの特別授業ではとことんやられてきた。本気を出していないお貴族様にだ。そんな自分たちが魔物に打ち勝つことができるのか。自信がなくなってしまっていた。
「まあ、今回は美術学部も現場に見学に行くぐらいですから、安全だと思いますよ」
「そうなの?」
コウのリアクションにアリスは笑顔で首肯する。
「はい。魔物を生で見ることができる貴重な機会ですからね」
「大丈夫なんですか。その・・・お貴族様や国の重役のご子息様とかもいらっしゃいますよね」
「はい。かなりの数の護衛もつけるらしいです。まぁ遠くからやってくる魔物を魔法で倒すだけ。なので戦いや戦闘というより、狩りに同行するようなものです」
「確かにそれはそうですけど・・・」
アオはそう言って心配そうにアリスを見つめる。コウも同じく心配そうだ。
「アオさんとコウさんは、悲観的に物事を捉えすぎです。100回安全だったことは101回目も安全なことが多いです。楽観的過ぎることも良くないですが、悲観的過ぎて、過剰に肩に力が入りすぎても疲れてしまいます」
「たしかに・・・そうですね」
「メリハリですね。アリス様がよく言っている」
二人の表情は若干であるが明るくなる。コウの言葉にアリスは笑顔でうなずく。
「私から言えることは一つです。魔物の接近を許してしまったら、脇目も振らず逃げてください。私は見知らぬ人たちよりもあなたたちに生きてほしい」
その表情は真剣そのものだった。その表情は圧すらも感じる。その表情にアオとコウは表情をこわばらせる。
「しかし」
アリスは続ける。
「私の願いはそうですが、最後に決断するのはアオさん。コウさん。あなたたちです。あなたの選択があなたにとって正解ですから」
そう言うアリスの表情は先程と打って変わって、柔らかく、慈愛に満ちていた。
「まあ、死地に向かうわけではないんですけどね」
アオとコウはその言葉に頬を緩めた。
「そうだよ!!アリス様。別に戦闘に参加するわけじゃないんだよ。それどころか前線にすらいないんだから私たちは」
「でもアリス様が私たちのことそんなに思ってくれてうれしいです」
その言葉にアリスは笑みを浮かべた。
「では現地実習の前にこれまでの総復習をしますよ」
その言葉に二人は「はーい」と答えた。日は傾いており、地面は赤く染まっている。
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「よろしいのでしょうか。アリスを現地に向かわせてしまって、アリスは仮にもドール家長女で、Jを継ぐものです。危険要因は排除するべきだと思いますが」
アリスの住んでいるドール家当主の執務室で会話は行われていた。一人はドール家三男、ドール・J・アドロフに顔立ちの似た者。
「問題ない。アリスは今は自由にやらせる。」
書類を確認して印を押す男。ドール家当主のドール・J・シュティレ。アリスの父親である。そして書類をトントンまとめて、相手を見て言った。
「お前は本当に優秀だな。今日作らせた書類も完璧だ」
「ありがとうございます」
そういって男は頭を下げる。それを見て父シュティレはため息をつく。
「お前はなぜドール家長男でありながら、能力もあるのにJをつけないかわかるか。ハルト」
そういわれたアリスの兄『ドール・ハルト』は書類を抱えながら言った。
「いえ、わかりません」
「身内に甘すぎるところだ」
「身内に甘いですか・・・」
「ハルト。私は身内を虚偽や犯罪、不正でどれだけ葬ってきたか知っているか」
ドール家当主の父シュティレの言葉に、ドール家長男 ハルトは首を横に振った。
「6人だ。その中には弟もいた」
「・・・そうですか」
予想を超える発言にハルトもそう反応するのが精一杯だった。
「お前は別にドール家当主に興味はないだろうが、身内に対する甘さはやがて己を滅ぼすぞ」
「ご忠告ありがとうございます」
そう言ってハルトは頭を下げた。それを一瞥し父シュティレは執務室を後にした。
扉を閉められた。
「だからと言って、あんたの実の娘だろ。なんで心配しないんだあの人は・・・」
ハルトはそう呟いた。




