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悪役令嬢の道から外れた僕の未来  作者: こま猫


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第19話 友人になれたら

「今日もいない……」


 ある日のこと。

 僕が訓練場の片隅でそう呟いていると、近くにいた男子生徒がちらりとこちらを見た。彼もまた、剣術の授業を受ける仲間の一人。

 広い訓練場の中には、多くの男子生徒たちがそれぞれ剣を構えていた。その皆が同じくらいの剣の腕を持つ相手と剣を合わせているわけだけれど、僕の場合は――。

 魔剣持ちのガブリエルといつも剣の訓練をしていたから、その彼がいないとどうにもならないのだ。

 ガブリエルはここ数日、学校を休んでいる。きっと、義足の件で忙しいのだろう。

 辺りを見回してみても、他の生徒たちが持っている剣は『普通の』ものだ。魔剣持ちはほとんどいない。


 こうしてみると、今の僕には友人らしい友人はいない。女の子にしろ男の子にしろ、だ。

 自主訓練をするといっても限界がある。

 ならば先生と――と言っても、僕一人にだけかまけている時間はないだろう。


 いっそのこと、今日の剣の訓練の授業は休んで図書室に引きこもろうか……と考えていた時、訓練場の出入り口辺りでざわめきを感じた。そちらに視線を投げると、この授業を選択していないはずのアルフレート殿下とミハルがそこに立っていることに気づく。

 しかも、殿下は軽く辺りを見回して僕の姿に気づくと、まっすぐこちらに歩いてくる。その後に続くミハルの表情は相変わらず複雑そうで、僕も困惑しつつ彼らに頭を下げた。

「エヴェリーナ、今日はガブリエルは一緒ではないのだな」

 アルフレート殿下は穏やかな、それでいてどこか冷ややかに見える微笑を口元に浮かべながら声をかけてくる。

「はい」

「だから手合わせの相手がいないんだろうか」

「……はい」

 僕は眉間に力が入っているようで、変な顔をしていたのだろう。ふと、殿下の表情が和らいで面白そうな光がその双眸に灯る。

「では、私がその相手をしても?」

「え?」


 いつの間にか今日の剣の授業の担当の講師が近くにやってきていて、困惑したようにアルフレート殿下に一言二言問いかけている。殿下は「他の生徒には迷惑をかけない」とか短く言った後、自分の手首に付けられている魔道具を僕に見せてきた。

 僕が何て言ったらいいのか解らず立ち尽くしている間に、殿下は王族が使うのに相応しい繊細な彫刻の入った剣を取り出すと、他の生徒たちがいないスペースを身振りで示してくる。

 ――本気だろうか。

 僕は思わず殿下の背後にいるミハルに目をやったものの、彼は気まずそうに僕を見つめているだけで何も言わない。


「その、僕の使っている剣は……」

 そこで僕が恐る恐る魔道具から魔剣を取り出して見せると、殿下は僅かに目を細めて頷いた。

「女の子なんだから、そのくらいのハンデがないと駄目だろう? お互い、肉体強化の魔法だけ使うってことでどうだろうか」

「でも」

「君が剣の訓練をしているって聞いてね、どのくらいの腕前なのか興味が出たんだよ。まあ、自信がないなら別に受けてくれなくてもいいよ」

 そこで、殿下が揶揄うような軽い口調で言うものだから、つい、受けて立ってやりたい、と思ってしまった。

 僕の負けず嫌いな性格は、美点でもあり欠点でもある。そう思う。


 先生が顔色を変えて何とかやめさせようとしているのを振り切って、殿下と僕は剣を交えることになった。

 殿下が怪我をしてしまったら、その責任は誰に問われるのか。

 先生かもしれない。ごめんなさい。

 そんな思いが心の中にあったとはいえ、実際に剣を合わせてみるとあっという間に吹き飛んだ。


 殿下の剣さばきは美しかった。

 僕が幼い頃から習っていた剣術は、どちらかというと実践向きのものだ。勝つための剣。相手の弱点を見抜き、容赦なくそこを叩く。

 でも、アルフレート殿下の動きには全くの隙がなかった。肉体強化の魔法をお互いにかけているから、腕力という点では互角だったと思う。だからこそ、相手の弱点が見えないというのが問題だった。

 床を蹴り、魔剣を彼の剣に叩きつける。魔力を帯びた剣を正面から受ければ、普通だったら何の強化もしていない剣は折れるだろう。それなのに、力の受け流し方が上手いのか、心地よい金属音と共に次の動きへと移る。

 ――遊ばれている?

 そう考えてしまうほどに、僕の魔剣はやすやすと振り払われて本来の性能を発揮できない。


 ここがダンジョンなら。

 地面が土であったとしたら、目つぶしのために爪先で抉って土埃を出していただろうけれど。


 殿下の動きがあまりにも正々堂々と美しまったから、そんなことすら考えるのが後ろめたく感じたのだ。


 それでも、せめて少しでも。

 僕の剣の腕を認めてもらいという自己顕示欲が胸の奥に芽生えていたから。


 ――唸れ、相棒。


 そんな言葉を口の中で呟きつつ、魔剣の柄を強く握り直して両足に力を入れた。


 その瞬間。


「ちょちょ、待って待って、何やってんのあなたたちいいいぃ!」

 と、どうやらこの手合わせのことを誰かから聞いたようで、ロベルト先生が出入り口でとんでもない大声を上げたものだから、僕と殿下の動きがとまってしまった。顔色を失っているロベルト先生は、訓練場にいた先生を見つけると甲高い声で「何してんの」とか「どうしてとめないのよ」とか責め立てられている。

「残念だ、ここまでかな」

 アルフレート殿下が剣を魔道具の中に片づけ、汗一つかいていない秀麗な顔をこちらに向けてくる。

「そうですね、残念です」

 僕も素直にそれに頷き、魔剣をしまう。

 何だろう、剣をほんの少しだけ合わせただけなのに、妙に――距離が近い気がする。そう、距離。物理的な意味ではなく、心理的なもの。

「正直なところ、殿下の剣の師匠を紹介して欲しいくらい、その、素晴らしい腕をお持ちだと感じました」

 僕がアルフレート殿下の顔をまっすぐ見て言うと、意外なことに彼の目元が薄く色づいたように見えた。

「……そう、か」

 彼は僕から目をそらして、離れた場所で我々を見守っていたミハルに目を向けた。「どうだった、君の姉君の剣は?」

「え」

 ミハルは急に話しかけられて少しだけ言葉を詰まらせていたけれど、すぐに困ったように笑った。「予想以上に強いと思いました」

「そうだな。私もそう思う」


 おっと。

 僕もまた、何て言ったらいいのか解らず少しだけ慌てたけれど。

 嬉しいと感じたのは間違いない。


「手合わせ、ありがとうございました」

 僕が改めて殿下に頭を下げると、彼は穏やかに言葉を続ける。

「君には謝罪するよ。今まで、婚約者だというのに話し合う時間もなかった。君が……その、手紙を送ってくれたことは嬉しかったし、私も色々書きたかった。でも、それが許されていなくてね」

「許されていない?」

 僕はそこで短く返しながら、じわじわと胸の奥に芽生えた焦りを感じた。もしかして、僕が殿下を責め立ててしまったのは間違いだったのでは、と気づいたからだ。

「あの。僕が会う時間が欲しいと書いて、その返事が……ああだったのは」

「すまない」


 その短い答えが真実だったのだろう。


 僕はじっと彼の横顔を見つめ、やがて小さく笑い声を上げた。

「……ずっと、殿下と話をしてみたいと思っていました。噂でしか聞いたことのない、殿下のこと。どんな方なのか、少しだけ不安でした」

 僕のことを裏切って、ヒロインと恋に落ちる。

 それだけ聞いていたら、信用できない人だと――尊敬もできない人だと思い込んでしまうのは仕方ない。それでも、ほんの少しだけ期待もあった。


 悪役令嬢となるはずの僕が好きになった相手なら。

 悪い人間ではないのでは?


 そう思いたかった。


「それで……できれば友人になれたら、と思っていました」

 僕は小さく言った。

「……友人?」

 そこで、殿下が僅かに表情を強張らせて僕を見つめ直した。視線を外すのは今度は僕の番だ。

「婚約者という立場ではなくても、臣下の一人として。いえ、できればそれより近い友人として話ができたら、と。その、すみません。変なことを申し上げました」

 急に恥ずかしくなって、思わず頭を乱暴に掻いた。それはどう見ても、女性らしい仕草ではないだろう。呆れられてしまうかもしれないけれど、これが今の自分だ。

 悪役令嬢とやらにならなかった、今の自分。


 そして妙な間が空いた。

 殿下が何も言ってくれないのが不安になり、そこで僕は殿下に視線を戻したのだけれど。


 殿下は少しだけ、呆けたように僕を見つめていた。

 完全な王子様といったいつもの様子ではなく、どこかそれは――。


「そうだな。友人になれたら嬉しいと思うよ」

 殿下はやがて口元に笑みの形を作って言ったけれど、その瞳は笑っていなかったと思う。彼はミハルに手で合図をすると、そのままゆっくりと訓練場を出ていってしまった。ミハルは一度だけ、何か言いたそうに僕を振り返ったが、殿下の後をついていく。


 何なんだ、一体。


 僕は少しだけその場に立ち尽くしていたが、ロベルト先生と剣の先生が何か言いたげにこちらに歩いてくるのを見て、とりあえず考えるのをやめてその場から逃げ出すことにした。

「ちょっとぉ!」

 ロベルト先生のそんな声を背後に聞きながら、足早に中庭に出る。

 ちょうど、そこで頭上から授業の終わりを告げる鐘が鳴った。視線を上に上げれば、高い塔の上にある巨大な鐘が左右に揺れているのが見える。相変わらず立派なものだと思いながらまた視線を中庭に向けるとそこには、見覚えのある背中があった。


「ガブリエル」

 休みじゃなかったのか、と彼に声をかけようとして気づくのは、彼のすぐ前に立っている薄紅色の髪の毛の持ち主だ。

 何故か彼らは向かい合って何か話しているようで、僕は喉の奥に石が詰まったかのように言葉が出てこなくなった。


 胸の奥がもやもやした。

 ガブリエルは僕の友人なのに。

 ヒロインは殿下と仲良くなるはずじゃないのか。


 自分でもよく解らない感情が渦巻いていて、少しだけ気分が悪い。

 僕は二人の様子を見ていたくなくて、急いで踵を返したけれど、今度は目に入るのはロベルト先生で。

 とりあえず、どこかの教室に逃げよう。

 そう思って歩き出す。


 でも、でも、でも。


 逃げていいんだろうか。見たくないから逃げる。これは仕方ないことなんだろう?


 でも。


 何だ、これ。僕は何を考えているんだろう。何で厭な気分になっているんだろう。胸の奥に生まれた黒い感情は、何なんだろう。


 でも、たった一つだけ解るのは。

 これはよくない感情だということだけだった。

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