第11話 勝てばいいんだ
「もう、ホント、すっごく楽しかったわあ。ラウラ先生って男慣れしてないから、アタシたちが頑張って狼どもから守ってあげたんだけど、まあ、次から次へと引っかかること! ちょっと強引なナンパ男にはキャシーがちょっと脅してあげて追い払ったんだけど……あ、キャシーっていうのはアタシの友人でね、見た目は筋肉モリモリの中身は乙女でね、趣味は刺繍っていうくらい可愛い子なんだけど、腕っぷしだけは強いからあ」
それは講義が終わった放課後。
僕とガブリエルは剣の訓練場に立っていた。
そして、目の前には騒々しい『乙女』のロベルト先生が両手を胸の前で組んで、妙なくねくねした動きをしながら立て板に水という表現そのままでずっと話し続けている。
どうやらロベルト先生はラウラ先生を連れて楽しい時間を過ごしたらしい。ロベルト先生曰く、ラウラ先生はいつも地味な格好で地味な生活をしているんだとか。以前からそれを気にしていた彼は、ことあるごとに彼女を夜遊びの楽しさを教えてやろうとしていたが、毎回断られていた。
でも、やっと化粧をしてドレスアップさせて連れ出すことに成功。
茫然としているラウラ先生を口先で丸め込み、美女に変身した彼女を餌にして、たくさんの男たちを引っかけたようだが――。
「最終的には、ちょっと真面目そうなイケメンに良い雰囲気になってたから、応援してあげたわ! アタシたちがめちゃくちゃ背後に立ってね! 初心なラウラ先生を弄んだら腹をすかせた魔物の餌にしてやるって言ってやったの!」
うーん。
ラウラ先生に悪い影響がなければいいのだけれど。
そう心配にもなったが、ロベルト先生から聞く限り大丈夫そう……と、信じたい。
まあ、本当は僕がやるべきラウラ先生の意識改革をロベルト先生がやってくれたのなら、助かったと言える。
ここに母がいたなら、笑顔で言っただろう。
「ラスボスのフラグを折ってやったわ!」
――と。
ロベルト先生には他にも色々訊きたいことはあったけれど、さすがに今は下手なことは口にできない。
剣の訓練場には自主鍛錬をしている生徒の姿がそれなりにあって、大抵は友人と剣を合わせていたのだが、騒々しさの塊であるロベルト先生に視線を投げてきている。
結局、僕は不用意な言葉を口にすることは避け、ただ頷くだけにとどめておいた。
「というわけで、キャシーも化粧品が欲しいって言ってるから、後で注文書ちょうだい。お礼と言ってはなんだけど、臨時講習には目いっぱい力を入れるから!」
やがて、うふふ、と笑いながらロベルト先生は僕らの前で魔力を少しだけ体外に滲ませた。
皆から変人と呼ばれるけれど、その魔力の揺らぎと計算された放出、軽い身のこなしから――ロベルト先生は凄く強い人だと解る。おそらくガブリエルもそれが解っていて、目の前の変人を見てもその瞳には真剣な色が浮かんでいた。腕輪から取り出した魔剣の柄を握る手に力が入るというものだ。
「……まあ、こちらとしては臨時講習がありがたいので嬉しいですが。あの、他の人には内緒にしてもらえますか? 特別扱いで販売というのは……」
現実逃避しそうな意識を何とか手繰り寄せ、僕はロベルト先生を見つめて言葉を探した。すると、彼は僕の肩をばしばし叩きながら「解ってるわよお!」と叫ぶ。痛い。
とりあえず、そこからは僕とガブリエルは運よくロベルト先生の剣術の講習を受けることになった。
彼は闇属性の魔力を持っていて、剣技と魔術の組み合わせが得意だ。
他にも剣術を教えてくれる先生はいるが、ロベルト先生が一番攻撃魔術の扱いが上手いだろう。実際、彼の剣術の講義は人気があるようで、放課後に特別講習をやって欲しいという声がたくさんあるのだという。
ただ、当の本人が面倒くさがりで気まぐれなので、こうして僕らが彼の前に立っていられるのは奇跡みたいなものらしい。
うん、本当にありがたい。
ただ、講習に熱が入ってくると「気合入れろゴルァ!」とか叫ぶのはやめてもらいたいが。
その辺りになってくると、さすがに目を合わせたらまずいと思ったのか、他の生徒たちはかなり遠くに逃げていた。
「なあ、エヴァン」
定型化した剣の動きをなぞりながら、僕とガブリエルは間合いを取って睨み合う。
肉体強化、相手の動きを鈍らせるための風魔術、衝撃波、それぞれ交互に行いながら、彼が口を開く。
「何?」
「俺、まだエヴァンって呼んでいていいのか」
「え?」
「リンドルース嬢とか、格好つけて呼んだ方が」
「それ、格好つけたのか」
「いや、でもな、そのうちエヴェリーナって呼び……うん」
ガブリエルの耳が少しだけ赤くなっていることに気づくと、唐突に僕は昨日の彼の『告白』を思い出して顔に血が上った。
少しだけ、お互いの魔力に乱れが混じって剣を振る動きが鈍った。
微妙に変な風に剣がぶつかり合い、少しだけそれが重く感じたのは僕の肉体強化の魔術に精神的な動揺が出たからだろう。
それに気づいたのか、先にガブリエルが表情を引き締めてニヤリと笑った。
少しだけムカッときた。
「何だか、ムカつくわあ」
ロベルト先生も僕らを見てそう呟いていた。
その言葉へ続いた小さな呟きの、「若さへの嫉妬かしら、これ」というのは聞こえなかったことにした。
充分に身体を動かした後、訓練場の端に移動し剣を腕輪に収納して休憩していると、ロベルト先生は感心したように声をかけてくる。
「あなたたちって、ちょっと凄いわ。他の生徒たちと動きが全然違うのは、場数をこなしているからかしら?」
「ダンジョン攻略は多少してますから」
僕がそう応えると、彼は眉根を寄せて首を傾げる。
「そこがちょっとおかしいわよね。あなた、貴族令嬢なのに……」
と、彼が何か続けようとして、すぐに唇を噛んだ。多分、触れてはいけないところだと考えたのだろう。僕の立場がリンドルース家の一員としては微妙なものであることは知っているはずだから。
そして、彼は慌てて辺りを見回して他の生徒にも声をかけ始める。
思わず苦笑を漏らしていると、隣にいるガブリエルが躊躇いつつ小さく訊いてきた。
「本当は俺も知りたいんだ。お前がどうしてギルドで活動をしていたのか。いつか、全部教えてもらえるのか――いや、教えてもらえるように信用してもらわなきゃいけないんだろーな」
後半の彼の台詞は、どこか冗談めかしたものに変わった。
僕は少しだけ悩んだ後、そっと床に視線を落とす。
まあ、言ったとしても信じてもらえるとは思っていない。
母が別の世界から生まれ変わってきて、僕は母の言葉に影響を受けて生活しているなんて、普通に考えたらあり得ない。
「伯父さんが言ってたんだけど、女の子は秘密を持っているのが当然なんだってな」
「え?」
僕はその言葉につい顔を上げ、壁に寄りかかりながらガブリエルが頭を掻いていた。
「そこがいい、と言われたけど俺にはまだ解らないっていうか。秘密を打ち明けられるくらい信頼してもらえたらいいな、と思うけど。まずは、俺から話すべきなんかな」
「何が?」
「俺さ、五歳の時に母親が死んでさ。その後、伯父さんに引き取られて育ったんだ」
「……え」
急に重い話をされた、と言葉を失ったけれど、ガブリエルの横顔は笑顔のままだった。
「その伯父さんっていわゆる根無し草ってやつで。ずっと、一人でギルドの依頼をこなしながら色々な国に行ってたらしいんだ。色々な修羅場を経験しているせいか、剣の腕も確かだし、面白い話も聞いた。だから結構、とんでもない話も聞いたんだよ。それこそ、事実は小説より奇なりって感じの」
「小説」
「伯父さん、本当か嘘か知らないけど幽霊と一緒に旅したり、ドラゴンに攫われて餌にされそうになったり、死にかけた時に変な世界を垣間見たり、色々あったって。ちょっと大げさに言ってそうな気はするけど、まあ、嘘が得意な人じゃないから信頼はできる」
「そうなんだ」
僕はつい、小さく笑い声を上げてしまった。
楽しそうな人だと思ったし、純粋に興味を持ったから。
「いつか紹介したいな。まあ、コンラスに戻れたら、だけどな」
「……うん」
そこで僕はまた視線を床に落とした。
何だか少し、気まずかった。
彼が僕のことを好きだと言ってくれたこと、それは……嬉しいことのような気がする。困惑もあるけれど。
でも、僕は誰かを好きになるという感情が理解できない、というか理解したくないんだろう。
母から聞いたエヴェリーナ・リンドルースという人物像は、とても信じられないものだ。僕は絶対にあんなふうにはならないと誓った。アルフレート殿下を好きになって、誰か――ヒロインに嫉妬して、気が狂うような激情に流されるなんて厭だ。
でも、ガブリエルならどうだろう?
彼は悪い人間じゃない。一緒にいて気が楽だし、僕にとって初めてできた友人でもある。
そう、友人だ。恋じゃない。これは恋とかそんな厄介なものじゃない。
だから一緒にいても僕が魔物になるなんてことはないのかもしれない。
「でもまあ、コンラスに戻れなくても俺は諦めるつもりはないから」
「は?」
ガブリエルがそこで含みのある笑い声を上げて、また僕は彼の横顔を見つめてしまう。何か企んでいる表情がそこにはあって、僕は眉根を寄せた。
「たとえ顔の造りで負けていても、他のところで勝てばいいんだ」
「それは」
殿下のことかと僕が呆れていると、ガブリエルは全く根拠のない自信を拳の中に握りしめて笑い続けている。
「そうだ、勝てばいいんだ勝てば」
「どこで?」
「それはこれから考える」
つい、僕は吹き出してしまった。
やっぱり、ガブリエルのことは好ましいと思う。恋じゃないけど。絶対に、これは恋じゃない。
少しだけ胸が苦しいような、変な気はするけど。
そうやって僕たちがお互い笑っている様子を、遠くからアルフレート殿下とミハルが見ていることなんて、その時は気づかなかった。




