□ くの一伝其の陸『最強忍者』
──一刃の風が、前髪を揺らした。
転生したとはいえ、拙者とて忍びのはしくれ。
これでも状況の把握には長けている、予測の外で起きた事態に対し……忍びとは咄嗟の理解力、判断力を身に付けねばならないのでござる。
どう生き延びるか、任務を達成させるか、何を優先させるべきか等をすぐに整理し、合理よく決断を下す為である。
拙者は理解する──今、まさに三度目の襲来が起きたことを。
我が眼の前に、鋭利さを表すような鈍色に似た光が妖しく迸る。その切っ先は数尺先の獲物を断たんともがいているように見えた。
「───────っ」
状況を呑み込むも、今度こそはと悲鳴を唾ごと飲み込んだ。
拙者の目に向かって短刀が飛んできたからといって、またもやか弱き乙女の如し悲鳴をあげるのは……なにか自分の中で怖気がするからでござる。
「…………おい、何してんだテメー」
天嘉が虚空に向かい、先程までとは一転して不機嫌そうな表情で怒りを孕んだ声を出した。
拙者が未だに両の眼でその表情を確認できるのは何故か──天嘉の後方より飛来した短刀を、天嘉が視認もせずに二本指で挟み、止めたからに他ならない。
それにより、拙者の眼は守られたのだ。
こ奴……浮かれた表情をしながらも闇に潜んでいた僅かな気配を察知していたとは。
実力は未だに衰えていないでござる!
すると、天嘉の力を推し量り──隠れていても無駄と判断したのだろう。
こ奴の目線の先から〈襲撃者〉がゆっくりとした足取りで姿を見せた。
「……………キキキ、オレ様のナイフを指だけで止めるなんて………オマエっち、一体何者だ?」
瞬間──拙者は戦慄した。
それは拙者が一般人に近いまで腕前を落としたからに起因するのでござろうか。
〈襲撃者〉の体から滲み出る血の匂い……そして、只の人間とはかけ離れた力量の持ち主であることに恐れを嫌が応にも感じ取ってしまったのだ。
暗い丸眼鏡に真っ黒な外套、卑しく嗤う口元からは銀色に尖る八重歯。身の丈は五尺六寸(※約170cm)……小柄に見えるのは姿勢を低くしているからであろうか──まるで獲物を襲う直前の姿勢をありのままに見せるかのように。
間違いなく、ただ者ではないと五感が告げている。
そして間違いなく……今朝の襲撃者に通ずる存在であり殺害対象が拙者である事も。
「雪花たんの婚約者だバカヤロー、お前、ストーカーだな?」
天嘉は怒りを隠さぬままに、わけのわからぬ横文字で返答する。
いや………だから何故にユッカタンなどと外来語よろしく拙者の名を呼ぶのであろうかこ奴は。
っと、そんな些事を考えておる場合ではなかろう!
早速、襲撃を企る何者かが尻尾を見せたらのだ!!
どうにかして情報を引き出さねば!!
………だが、襲撃者の力量たるや今の拙者を遥かに凌いでおる。ここは退くのが最良であろうか!?
いかん、思考までもが上手く纏まらぬ!
そんな拙者に対し、天嘉はいたって冷静に──笑った。
「キキキ? 婚約しゃあ~? オマエっち、そいつっちが誰かわかって──────」
襲撃者が天嘉の返答に、薄ら笑いを浮かべた──刹那。
「しゃおらっ!!!!」
という──おおよそ忍者たる者が発するべきではない声と。
風と。
閃光と。
破壊音が──ほぼ同時に耳へ届いた。
「…………………………………………………………………………えっ」
などと、忍びたる拙者がすっ頓狂な声をあげてしまったのも無理からぬ事だ。
なんせ──状況を把握した時には既に襲撃者は、破壊された壁の、瓦礫の下敷きになっていたからでござる。
「ストーカーの分際で無駄にキャラ付けしようとすんな、不愉快だ」
恐らく、ではあるが(速すぎて視認できなかった)……音速で前蹴りをかましたのであろう天嘉は、宙ぶらりんとなった脚をくるくると回し、埃を払う動作をしながら襲撃者へとそう言い放った。
──が、きっと声は届いてはおらぬだろう。
瓦礫に埋もれた襲撃者は創作話の様にピクピクと体を痙攣させておるのだから。
かつて与えられた『称号』の体現者は……少しも燻ってはいなかったでござる。
『天下無双』──【六奏天嘉】。体術に関しては並ぶ者無し。
「雪花た~ん、見てた? 厄介なストーカーは追い払ったからね~。さあ! ま……まずは軽いハグでもっ……はぁはぁ」
………性格は、とてつもなく難ありだが。
こういう事情により、拙者は全く相容れないこ奴の元に居候するわけになったのでござる。
決して、何度でも言うが、恋愛物語にはならないでござるっ──と……少し早まっていた動悸を押さえ、拙者は誓った。
────〈逸話零:『始まり』〉 【了】 ─────
逸話零『始まり』はこれで終了です。
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