■自由忍者伝其の弐『更に推して参る』
甲高い悲鳴に似た叫びが、ロビー内部に反響した。
誰もいないはずの背後から急に声がしたからかめっちゃビビった【志能便ござる】たんの可愛らしい声だ。
いかん、サプライズ演出のつもりが怖がらせてしまった──でもそんな怯えたござるたんも可愛い……なんて言ってる場合じゃない。
俺は急いで透明化をとこうとしたが、推しを目の前にして手が震えて中々解除できない──しゃらくせぇので首もとから服を思いきり引きちぎった。
すると、どうなったか。
ござるたんからすれば、何もない空間から突如として半裸の男が出現するという……B級ホラー並みの非日常を目の当たりにしたわけで。
忍者でもない女の子が繰り出す当然の反応が産み出されたわけで──
「──きゃぁぁぁぁぁああっ!! 変態でござるっ!!?」
「ぶへっ!!!」
──と、俺はござるたんのビンタを食らって壁際まで吹き飛んだ。
なんだこの力!?
仮にも忍者で鍛え上げている俺を平手で吹き飛ばすなんて────もしかしてこれが愛の力か!! と昇天してしまったのは致し方ないだろう。
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「……も……申し訳ないでござる………大丈夫でござったか……?」
「ぜ、ぜぜんっ!! 鍛えてあるっスから!!」
目を覚ました俺を迎えてくれたのは天使であり、ここが天国と勘違いするのも無理はなかったが……よく見てみると単なるロビーだった。どうやらござるたんが共用部のソファーまで運んでくれたようだ。
なんて尊いのだろうか。女の子の細腕じゃあ重かっただろうに……こんな時に限って暇人のコンシェルジュは不在だった。なんという役立たず。
ござるたんは俺が悪いのにも関わらず、申し訳なさそうな表情で謝ってくれた───マジ天使、ビバ可愛い!!
俺も緊張のあまり、敬語になった。昔から可愛い女の子を前にすると敬語になってしまうのだ。
「あ……あのっ………ご、ござるたんっ! そそそれで今日は遂に結婚のために会いに来てくくれたんだよね!? っスよね!?」
「へっ? ご……ござる……たん?」
「ぁぁぁあのっ、俺も同じ気持ちですごく嬉しいんスけど会うのは初めてなんでまずはデデドっ……デートからってことでいいっスか!? いや俺は慣れてるけどござるたんが男とデートするのは初めてだろうし」
「………しょ、少々待たれよ…………拙……私のことでござるか……? ゴザルタンというのは……?」
「………………へ?」
ござるたんはきょとんとした。もう超絶可愛い──じゃなくて、なにか微妙に噛み合わない。
「拙者っ……じゃなくて、私の名は……………かざ……………雪花。名を【風月雪花】と申すでござる………」
「………かざつき……………ゆっか………?」
どういうことだ?
別人!?
容姿も話し方も【志能便ござる】たんそのものなのに……そうだ、よくよく考えてみればござるたんは今頃配信を始めている時間だが────とまで考えたところで青天の霹靂めいた閃光が脳へと併る。
そうか。
ござるたんは、世を忍ぶ仮の姿として──俺の元を訪れたのだ。
既に彼女は大人気配信者……いきなり結婚の報告なぞしてしまえば大炎上は免れないし嫉妬する輩やストーカーなぞが後を断たなくなるだろう。
そうなってしまえば俺に迷惑がかかると考えているのだ……なんていじらしいのだろうか。
「あ……あの、それで………誠に不躾なお願いだとは重々承知の上なのでござるが……………」
【風月雪花】たんは、宝石のように輝く瞳を伏し目がちに隠し……もじもじしながら改めて話し始める──その可愛さたるや、まさに国宝の如し。
って、どっかの堅物忍者みたいに馬鹿堅苦しい喋り方になってしまった。そういえばあいつどうしてるんだろうか──と、ふとかつての同僚を思い出したが瞬時に思考から追い出した。男に思いを馳せる無駄な時間なぞコンマ一秒も存在しないからだ。
「──拙者っ………私、悪人に狙われていて………貴殿に匿ってほしいのでござるっ! この場所に……一緒に住まわせてほしいのでござる!」
ふぉぉぉぉっ! キタコレ!! モテ期到来っ!!
いきなり同棲ふぅぅぅぅっ!! やっぱりストーカーに悩まされていたのか!!
忍者のクソ訓練が初めて役に立つ時がきたな!!
「あ、安心してくれっス!! 俺がござ……じゃなくて雪花たんを守る!!!」
秒で快諾した俺を、雪花たんは完全に羨望の眼しで見ていた。




